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第70話 異空間(5)森の奏者

 皆の期待を一身に集め、平隊員トロントは原住民とのコンタクトを試みた。

 トロントは、村人たちの前で、歌いながらあやしいおどりを舞いはじめた。


 そんな彼を横目に、副隊長のミノスとモギナスがひそひそ話をしていた。


「大丈夫なんでしょうか……」

「ヘンな誤解をされたら大変ですよ……私、火あぶりにされちゃうかも……」

「さすがにそれは我々が阻止しますが……でも激しく不安です……」


 近くで武器の手入れをしていた親衛隊長・リバが、見かねて割って入った。


「二人がそんな顔をしていたら村人が不安がってしまう。我々も盛り上げましょう」

「そんなこと言ったって、隊長……」

「踊りとか苦手ですよ私は」

「やれやれ……」


 トロントの周りでは、トカゲ人たちが見よう見まねで踊ったり、楽器の演奏をはじめた。表情のわかりにくいトカゲ人だが、魔族からでも楽しそうに見える。


「これは……ひょっとして……いけるかしら」


 モギナスの表情が変わった。


「村人のハートをキャッチ出来るのはいいですが、言葉までは難しいんじゃないでしょうか。異世界とか化け物とか、非言語コミュニケーションで伝えるには、キツめの概念が多いですよ」

「こんなとき、魔王様がいらっしゃれば、絵を描いて伝えられるのに」

「おお、なるほど。確かに魔王様であれば…………って、ここにいないし!!」

「「はあ……」」


 モギナスとミノスはため息をついた。


「黒騎士卿はきっとまたここに来られる。魔王様もご一緒であろう。大丈夫、まだ希望はありますよ、猊下」

「だといいのですが。せめてあの障壁だけでも解除して頂かないと困りますねえ」

「もしかしたら、それならトロントでも伝えられるかもしれません」

「ホントですか? 副隊長さん」

「た、たぶん……」



 ひとしきり踊って村の人気者になったトロントは、メスのトカゲ人たちのもてなしを受けていた。――あまり嬉しそうでもなかったが。


「いや~、いい汗かいちゃった。あ~水が旨いっす~」

「トロントさん? ちょっといいです?」

「は、何でしょうかモギナス様」

「村の周囲の魔法障壁、あれを解除するよう伝えられますか? 踊りで」

「お、踊り、でですか……うう~ん」

「どうです?」

「お、踊らないとダメですか?」

「いやいや、通じるなら踊らなくてもかまいませんよ、もちろん」

「そうですか……それなら。善処してみます」

「そう遠くないうちに、ハーティノス卿が戻ってくると思います。出来るだけ早くやってもらいたいのですよ」

「りょ、了解、です。なんとかやってみます」


 トロントは頼りなさげな顔でうなづいた。


                  ☆


 必死の交渉の結果、村人数人を伴って、トロント他四名は壁のある場所に向かっている。


「いや~、やってみるもんだね」と、ヴィント。

「ぼ、ぼくも、通じると思わなかったけど、なんか通じた」

「安心するのはまだ早いぞ二人とも」

「「隊長!」」

「せっかく捕まえた神とその下僕ご一行様だ。障壁まで張ったやつらが簡単に手放すとは思えない。十分注意しろ」

「そ、そうですね。……こわいなあ」


 びくびくしながら歩いてゆくと、壁に到着した。

 明るい中で見る壁は、しゃぼん玉のように虹色に輝いているが、トロントが軽く叩いてみると、綺麗な音が鳴り、強化ガラスのように冷たく固かった。


「ああ……なんだか、ステキな音ですねえ……」

 トロントは、足下に落ちていた木の棒を拾い、壁を打楽器に見立てて叩き始めた。


「我が隊にこんなアーティストがいたとは、正直驚きだな……」

 隊長は目を丸くしてトロントの演奏を見守った。


「オッオッオ……オッオッオ!!」

 トカゲ人たちは、トロントの奏でるリズムと音色に驚きを隠せず、その場で踊り始めた。


「どうやら、トカゲ人たち、壁でこんな音が鳴るって知らなかったみたいですね」

 ノリノリで壁を叩くトロント。


「……これは、マズいかもしれませんぞ、隊長」

「どうされましたか、猊下」

「ごらんなさい、彼等の様子を。……すっかりこの音色に魅了されています。いまこの壁を取り払えなんて言ったら、怒り出すかもしれませんよ?」

「あちゃあ……参ったな。しかし、いま演奏を止めさせるのも不安です」

「様子を見守るしかありませんねえ……」


 壁は、叩く場所によって、音色を変えるようだ。

 トロントはなんとなく音階を探り当て、曲とも呼べない何かを演奏しだした。


「むしろ、私よりも彼の方がトカゲ人の神っぽいじゃありませんか」

 傍らで演奏に聞き入っている宰相が呟いた。



                  ☆



「なんだ……不思議な音、いや音楽が聞こえてくるぞ」


 森の奥から、透明感のある音色が流れてきた。

 黒騎士卿は耳を澄ませた。


 彼の後ろをついてきた幽霊執事、女吸血鬼、そして薬師も耳を澄ませた。


「もしかして、モギナス宰相と親衛隊の方では?」

「いや……猊下はもちろん、親衛隊にも楽士の才のある者がいるとは、過分にして聞いたことがないぞ」

「それにしても、綺麗な音色ね。こういうオルゴール、作れないかしら。あとで名人に聞いてみようかしら」

「お前はブレないな」

「あらハーティノス、褒めてるのかしら?」

「そういうわけじゃない」

「つれないわねえ」

「何でもよい。とにかく進むぞ。ここはあまり居心地が良くない」

「ラパナ様、私めがおんぶしますか?」

「お! お、お、おんぶ……とな! ……た、たのもう……かな」


 幽霊執事は腰を落とした。


「さあ、どうぞ、ラパナ様」

「う、うむ。落すでないぞ」

「かしこまりました、お嬢様」


 薬師は興奮気味に執事の背に体を預けた。


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