皆の期待を一身に集め、平隊員トロントは原住民とのコンタクトを試みた。
トロントは、村人たちの前で、歌いながらあやしいおどりを舞いはじめた。
そんな彼を横目に、副隊長のミノスとモギナスがひそひそ話をしていた。
「大丈夫なんでしょうか……」
「ヘンな誤解をされたら大変ですよ……私、火あぶりにされちゃうかも……」
「さすがにそれは我々が阻止しますが……でも激しく不安です……」
近くで武器の手入れをしていた親衛隊長・リバが、見かねて割って入った。
「二人がそんな顔をしていたら村人が不安がってしまう。我々も盛り上げましょう」
「そんなこと言ったって、隊長……」
「踊りとか苦手ですよ私は」
「やれやれ……」
トロントの周りでは、トカゲ人たちが見よう見まねで踊ったり、楽器の演奏をはじめた。表情のわかりにくいトカゲ人だが、魔族からでも楽しそうに見える。
「これは……ひょっとして……いけるかしら」
モギナスの表情が変わった。
「村人のハートをキャッチ出来るのはいいですが、言葉までは難しいんじゃないでしょうか。異世界とか化け物とか、非言語コミュニケーションで伝えるには、キツめの概念が多いですよ」
「こんなとき、魔王様がいらっしゃれば、絵を描いて伝えられるのに」
「おお、なるほど。確かに魔王様であれば…………って、ここにいないし!!」
「「はあ……」」
モギナスとミノスはため息をついた。
「黒騎士卿はきっとまたここに来られる。魔王様もご一緒であろう。大丈夫、まだ希望はありますよ、猊下」
「だといいのですが。せめてあの障壁だけでも解除して頂かないと困りますねえ」
「もしかしたら、それならトロントでも伝えられるかもしれません」
「ホントですか? 副隊長さん」
「た、たぶん……」
ひとしきり踊って村の人気者になったトロントは、メスのトカゲ人たちのもてなしを受けていた。――あまり嬉しそうでもなかったが。
「いや~、いい汗かいちゃった。あ~水が旨いっす~」
「トロントさん? ちょっといいです?」
「は、何でしょうかモギナス様」
「村の周囲の魔法障壁、あれを解除するよう伝えられますか? 踊りで」
「お、踊り、でですか……うう~ん」
「どうです?」
「お、踊らないとダメですか?」
「いやいや、通じるなら踊らなくてもかまいませんよ、もちろん」
「そうですか……それなら。善処してみます」
「そう遠くないうちに、ハーティノス卿が戻ってくると思います。出来るだけ早くやってもらいたいのですよ」
「りょ、了解、です。なんとかやってみます」
トロントは頼りなさげな顔でうなづいた。
☆
必死の交渉の結果、村人数人を伴って、トロント他四名は壁のある場所に向かっている。
「いや~、やってみるもんだね」と、ヴィント。
「ぼ、ぼくも、通じると思わなかったけど、なんか通じた」
「安心するのはまだ早いぞ二人とも」
「「隊長!」」
「せっかく捕まえた神とその下僕ご一行様だ。障壁まで張ったやつらが簡単に手放すとは思えない。十分注意しろ」
「そ、そうですね。……こわいなあ」
びくびくしながら歩いてゆくと、壁に到着した。
明るい中で見る壁は、しゃぼん玉のように虹色に輝いているが、トロントが軽く叩いてみると、綺麗な音が鳴り、強化ガラスのように冷たく固かった。
「ああ……なんだか、ステキな音ですねえ……」
トロントは、足下に落ちていた木の棒を拾い、壁を打楽器に見立てて叩き始めた。
「我が隊にこんなアーティストがいたとは、正直驚きだな……」
隊長は目を丸くしてトロントの演奏を見守った。
「オッオッオ……オッオッオ!!」
トカゲ人たちは、トロントの奏でるリズムと音色に驚きを隠せず、その場で踊り始めた。
「どうやら、トカゲ人たち、壁でこんな音が鳴るって知らなかったみたいですね」
ノリノリで壁を叩くトロント。
「……これは、マズいかもしれませんぞ、隊長」
「どうされましたか、猊下」
「ごらんなさい、彼等の様子を。……すっかりこの音色に魅了されています。いまこの壁を取り払えなんて言ったら、怒り出すかもしれませんよ?」
「あちゃあ……参ったな。しかし、いま演奏を止めさせるのも不安です」
「様子を見守るしかありませんねえ……」
壁は、叩く場所によって、音色を変えるようだ。
トロントはなんとなく音階を探り当て、曲とも呼べない何かを演奏しだした。
「むしろ、私よりも彼の方がトカゲ人の神っぽいじゃありませんか」
傍らで演奏に聞き入っている宰相が呟いた。
☆
「なんだ……不思議な音、いや音楽が聞こえてくるぞ」
森の奥から、透明感のある音色が流れてきた。
黒騎士卿は耳を澄ませた。
彼の後ろをついてきた幽霊執事、女吸血鬼、そして薬師も耳を澄ませた。
「もしかして、モギナス宰相と親衛隊の方では?」
「いや……猊下はもちろん、親衛隊にも楽士の才のある者がいるとは、過分にして聞いたことがないぞ」
「それにしても、綺麗な音色ね。こういうオルゴール、作れないかしら。あとで名人に聞いてみようかしら」
「お前はブレないな」
「あらハーティノス、褒めてるのかしら?」
「そういうわけじゃない」
「つれないわねえ」
「何でもよい。とにかく進むぞ。ここはあまり居心地が良くない」
「ラパナ様、私めがおんぶしますか?」
「お! お、お、おんぶ……とな! ……た、たのもう……かな」
幽霊執事は腰を落とした。
「さあ、どうぞ、ラパナ様」
「う、うむ。落すでないぞ」
「かしこまりました、お嬢様」
薬師は興奮気味に執事の背に体を預けた。