「きゃあッ!」
女吸血鬼が急に悲鳴を上げた。
なにかに頭をぶつけたのか、いたた……と額に手を当てて痛みをこらえている。
夜目の利くメンツでPTを組んだ探索隊が、丘から見えた集落に近づいた時のことだった。
最も夜に強いラシーカを先頭に森を進んでいると、見えない壁のようなものに突き当たった。彼女は一番にその壁と対面してしまったわけだ。
「も~なにこれえ……」
「大丈夫でございますか、お嬢様?」
「つつ……へいきよ、セバスチャン。それよりこれ……魔法の障壁かしら」
黒騎士はコンコンと拳で壁を叩いた。
「随分と頑強なもののようだな。間違いない、この奥に重要なものがあるのだろう。そして、何らかの知的生命体がいる可能性も高い」
「宰相サマが張ったものではなくて?」
「違うな。猊下ではこのような障壁を張ることは出来ない。恐らく供の親衛隊でも」
「どこかに穴でもないかしら……」
「それでは、ためしに私が通ってみましょう」
「ちょ、やめなさいよセバスチャン! 体が消えたらどうするのよ」
「お役に立てるなら構いませぬ」
幽霊執事は体中に装備した鉱石と魔導具を外しはじめた。
「ちょっとあなたも何とか言いなさいよ、ハーティノス」
「……すまん、考えていた。一旦戻るかどうするか……」
「戻るの?」
「竜神様であれば、この壁を破ることが出来るかもしれんと……な」
「はやまっちゃダメよ、セバスチャン」
「かしこまりました、お嬢様」
ほっと胸をなで下ろすラシーカ。
「いいこと? セバスチャン。貴方は私が従者にするんだから、消えたら困るのよ」
「それは初耳でございますな」
「私は、新しい使用人をもらえるって約束で、魔王に協力しているの。だ・か・ら・ね?」
「左様でございましたか。して、陛下は了承されているので?」
「そういえば、まだ言ってないわ。ま、後でもいいでしょ」
「これはまた、随分と気に入られたものでございますね。このような虚ろな年寄りのどこがよろしかったのでございましょうか……」
「全部よ。ぜ・ん・ぶ」
セバスチャンはまんざらでもない顔で、ゆるめた魔導具の留め具を締め直した。
黒騎士卿の指示で、現地にさりげなく目印をつけた後、探索隊はキャンプに戻った。親衛隊やモギナスがこっそり気付いてくれることを祈りつつ。
☆
――翌朝。
「やだなあ……一人で見に行けなんて……ひどいよお……」
隊長の命により、親衛隊員・ヴィントは結界の様子を見に来た。
救助隊の中で一番臆病だが、一番物事に気付く能力を持っているが故の人選だった。
「おや、これは……たいへんだ!!」
結界の際で何かを発見したヴィントは、慌てて集落に駆け戻っていった。
「なんと。この集落までハーティノス卿が来られたのか」
素朴だが仰々しい羽根飾りをつけたモギナスが、質素な玉座から腰を浮かせて、ヴィントの報告を聞いた。
「結界が破れずに引き返されてしまったのだろう。だが、紋章を置いていかれたということは……」
モギナスの横で腕組みをしながら話を聞いていた、親衛隊長が言った。
「再びここにやって来る、ということですね!」
全員がうなづいた。
「これで魔王様たちと合流出来る。あとは――」
「あの化け物、ですな。モギナス様」
「そうです! あの正体、居場所、そして洞窟を閉じる手段、これらを原住民から聞き出さねばなりません」
「御意」
「しかし、容易ではなさそうですね、モギナス様」
副隊長・ミノスが言った。
「そうなんですよ……。困りましたねえ……」
「あの……」
影は薄いが肉は厚い、もう一人の平隊員が手を挙げた。
「どうした、トロント」
「出来るかどうか分かりませんが、彼等と対話してみようと思います」
「おおおお、そんなこと、出来るのか!?」
「トロントさん、それホントですか!?」
「親衛隊の仕事では全く役に立たない特技だったんですが……」
彼はその場でくるりと回った。
「踊りとボディランゲージで、がんばってみます!」
「「「「ええ~~~っ!!」」」」