その日の夜。
空が暗くなったことが、その場所が地底ではない証拠になる、なり得ないとモメた後、魔王たちはたき火の周りで就寝した。
「結局、ここはどこなのでございましょうねえ……」
ひとりたき火の番をしている幽霊執事・セバスチャンが呟いた。
『サアナ。オレはねルぞ』
からくり人形の熊は、すでに寝てしまった二匹の傍らにごろりと寝転がった。
「はい、お休みなさいませ」
セバスチャンは、カエルが蹴飛ばしてしまった手ぬぐいを拾って、三匹の上に掛けなおしてやった。
「こうして、仮初めの肉体を得、王より名を賜り、誰かのお世話をする日が来ようとは……。人生、何が起こるか分からないものですね」
セバスチャンは薪を一本、火の中にくべた。
「じつに――楽しいです。楽しくて……申し訳ない」
セバスチャンはすっと立ち上がり、キャンプ地となっている高台から真っ暗な森を見下ろした。
そこからぐるりと、死角になっている脇の方に回り込むように歩いていった。
「何も無い場所ですね……。どこかに都市でもあるのでしょうか」
寂寥感をも楽しみながら彼が歩いていくと、遠くで火山が爆発した。
「このような環境では、難しいですかね……」
サクサクと枯れ草を踏みながら、セバスチャンはキャンプの裏手に着いた。
「ん? ――あれは」
何かを見つけた幽霊執事は、大急ぎでキャンプに戻り、全員をたたき起こした。
☆
「灯り、とな」
竜神姫がつぶやいた。
「恐らく森の中に集落が」
「マジかセバ。そこに行けば、あの卵バラマキモンスターとか、モギナスたちのことが何か分かるかもしれねえな」
「仮に敵だったとしても、お互いが死角に位置している。こちらの位置を気取られる確立は……いや、ここは異世界だったな。自分の常識で物を言っては」
「ハーさん、そりゃそうだけどさ。でもそれやってたらキリなくね?」
「アキラに言われると、なんとなく説得力があるな」
「んで、どうするよ。誰か様子見に行くんかい?」
「それが良さそうだな」
早速偵察部隊が編成された。
メンバーは、黒騎士、吸血鬼、幽霊執事の三名。
「私たちも連れて行って下さい、閣下!」
「どうしてビッチを連れて行くのですか、閣下!」
「はー……。言うと思ったぞ。貴様達はここで魔王様や竜神様をお守りしろ。これは命令だ。いいな?」
「了解……しました」
「しました」
☆
「はあ……。魔王様たち、どこに行ってしまわれたんでしょうかねえ……」
異界の森深く。
とある集落で、けばけばしく着飾った男がつぶやいた。
「出口ちかくのこの村にいれば、情報収集出来るかと思っていたのですが、いやはや……収穫なしですなあ」
魔王一行と入れ違いにこの世界に来たモギナスたちは、原住民に神と勘違いされ、この集落に連れて来られた。……らしい。
らしい、というのは、未だに彼等の言語が理解出来ないためである。
集落で一番の屋敷の前にしつらえられた祭壇上に、モギナスの玉座がある。
その前に供物の食糧が置かれ、従者の食事も並べられていた。
異世界の食糧だが、なんとか食べられるので、飢えの心配はひとまずない。
「モギナス様、一度あの洞窟まで戻ってみた方がよろしいのでは」
親衛隊長・リバが言った。
親衛隊は、神の従者という扱いのようで、神に勘違いされたモギナスほどではないが、村人よりかなりのもてなしを受けていた。
「置き手紙でもすればよかったんでしょうが、いきなり拉致されてしまいましたからな。明日にでも様子を見に行ってきましょう」
「問題は――」副隊長のミノスが口をはさむ。「彼らが大人しくナワバリの外に出してくれるかどうかですね」
「そうでした。トカゲ人の呪術師によって、よく分からない結界が張られているのでしたっけ……」
「左様です、モギナス様」
「かといって、されるがままになっている訳にも参りませんからねえ。いざとなれば村人ごと――」
「それはちょっと。情報収集が出来なくなってしまいますぞ。この広い森の中で、他の知的生命と出会える確率を考えると……いくらトカゲ人とて殺してしまうのは惜しい」
「そうですか……。隊長さんの意見を尊重するとしましょう」
「ええ。我々の使命は、魔王様たちを救出し、敵異生物を殲滅または通路の破壊です。現状で通路の破壊は難しいですが」
「兎に角、外の情報が欲しいですねえ。彼等の言語については、私の方で努力してみましょう」
「よろしくお願いします、モギナス様。この世界で、貴方だけが頼りです」
「こほん。もちろんです、任せなさい」
――とは言ったものの、彼にはちっとも自信はなかった。
勘違いで神と崇める原住民……。
何がトリガーになって逆上するか分からないシチュエーション……。
情報は欲しいが危険と背中合わせの現状でどう立ち回ればよいのか。
魔王たちも、親衛隊員たちの命も護らねばならない状況に、宰相・モギナスは歯噛みをした。