魔王一行が、道を蛇行したり昇ったり降りたりループしたりしつつ、汗をかきながら進んだ先が――パッとひらけた。
みな急に明るい場所に出て目がくらんだが、しばらくして視覚が戻ると、眼前に異様な光景が広がっているのに驚いた。
出口はどこかの高台の上にあり、ある程度は遠くまで見通せた。
「ここは……地下空洞、なのか?」
上を見上げて魔王が言った。
かつて観た、地底探検映画を思い出したのだ。
空はどこまでも赤く、湿った空気と暑さで押し潰されそうだ、と魔王は感じた。
「アキラは地底世界を見たことがあるのか?」
ハーティノスが訊ねた。
「本物ではないよ。あくまで、想像上の絵物語のはなしさ」
「そうなのか……」
「空は赤とか橙、明るくても黄色で、熱帯雨林の樹木が生い茂り、気温と湿度がとても高く、火山があちこちで煙を吹き出し……そして巨大なトカゲ、恐竜という生物が我が物顔で歩き回っている。
何億年も前の地球、いや原初の星の姿がほぼそのまま保存されたような世界。そんな風に、物語の作者たちは地底世界を妄想したんだ」
「……ま、まんまだな。
ここでも火山は噴火し、煙を噴き上げている。違うのは、巨大なトカゲが見当たらぬことぐらいか。しかし、地底ではなさそうだぞ」
「なんで?」
「あそこに、月のようなものが見える。つまり、これは天井ではなく空だ」
「あー、確かに」
「アキラの言う、キョウリュウのいた時代。我々の国にもその痕跡があるやもしれぬな。一万年前までは、同じ時を紡いでいたのだから」
「まあ、そういうことになるんだろうな。――で」
「ん?」
「問題は、ここなんだけどさ」
「ああ」
「ここ、魔王国のある星でも、原初の星でも……ないよな?」
「えっと……」
自信の無い黒騎士卿は、ちらと薬師を見た。
「ああ、ここは違う世界じゃ」
薬師は彼等の疑問に答えた。
「いまのところ、空気は大丈夫なようじゃが……なんせ気温が高くてしんどいぞ」
ヒウチは太い眉毛をハの字に曲げて、暑さに耐えていた。
「しかし弱ったのう……。こんな広い場所に出てしまっては、最早どうやって宰相殿を探せばよいか、分からなくなってしまったわい」
「あー……そりゃこまったな。どうしよう、ハーさん」
「お、俺に言われても……。キョウリュウとやらが出てきたら役に立てるだろうが」
後ろの方で双子騎士がひそひそ話を始めた。
「キョウリュウってドラゴンみたいなものか?」
「うう……やりにくいよ姉様」
「それはこっちも同じだよぉ……」
「「うう~」」
「それはそうと……この辺には、人間は住んでいないのかしら。もしくは越境してきた怪物だとか……。生物らしいものをほとんど見かけないのだけど」
「そうだなあ。ちょっと上空から見てみよう」
「そうね」
ラシーカとウリブは翅を出して、すっと上空に飛び上がった。
「あ! 姉様! なにビッチとツーショットなんか!」
サリブも慌てて飛び上がった。
「おー、なんか見えるか~」
魔王が見上げて声をかけた。
「ぱっと見、あんまかわらないです~陛下」
「です~」
「なんか空気悪いわよねえ~。あんまり飛んでいたくないわ~」
ラシーカは、けほけほと小さく咳き込んだ。
「ビッチ吸血鬼なのに外出て平気なのかよ」
「普段なら傘を差すけど、この世界の光は肌が焼けないのよね。不思議だわ」
「参ったなあ、手がかりなしかよ」
魔王・晶は地面にカップを置き、水魔法を使ってチョロチョロと飲み水を注いでいる。あまりの水量の少なさが、節水中の水道のようである。
『やヌシよ、ワレにモミズをかケテくれまイカ』
ヒウチのカバンから、からくり人形たちが出て来て、魔王から水をせびっている。
「ん? いくらナリがカエルだからって、水なんかかけて平気なのかい?」
『かなリよゴレてしマッタのダ』
「まあ……確かに。なあ、名人、こいつに水かけても大丈夫かい?」
「あとで拭けば大丈夫ですじゃ」
「そっか。じゃあ、こっち来いよ」
カエルはペコリと頭を下げると、トコトコと魔王の元に近づいてきた。
すると、
『あ、ズルイゾ』
『クッククク』
残りの二匹もやってきた。
「まー、お前らも汚れてるな。よし、洗ってやろう」
『ヤッター』
『クックー』
仲良く三匹を水洗いしていると、幽霊執事とヒウチがなにやら作業をはじめた。
「セバと名人、なにしてるの?」
「今日はここにキャンプを作ろうという話になりましたので、その準備をば始めたところでございます、陛下」
「黒騎士卿と竜神様も闇雲に動くよりは、と申されてのう」
「なるほど」
「それに――」
「それに、なんだい? セバ」
「ここで我々が逗留すれば、敵をおびき寄せることが出来るだろう、とも」
「げッ!」
「ご安心を。私がお守り致しますので、夜はごゆっくりお休み下さいませ、陛下」
「そ、そっか。セバは幽霊だから寝なくても大丈夫なのか」
「左様でございます、陛下」
「しょっちゅう昼寝してるからくり共とはえらい違いだな」
『ショッちゅうトハなンダ! イドうチュうぐライだゾ、やヌシ』
『ソーダソーダ』
『クルッククク』
「へいへい。じゃ、お前等もセバと一緒に寝ずの番な」
『『『………………』』』
「やっぱ寝たいんじゃん」
魔王はからくり人形の洗浄を終えると、布巾で水滴を拭った。