ラシーカの案内で、迷宮から異空間に侵入した一行は、宰相モギナスの足跡を探しつつ、迷宮に大量の卵を産み付けた侵略異生物を追った。
空洞内には卵から生まれたと思しき異形のモンスターが多々生息してはいたものの、肝心のマザーはその痕跡だけを残して消えていた。
☆
「前回この洞窟を覗いた時には、怪しい生物の一部が見えていたのだが……」
黒騎士卿が小首を傾げながら言った。
「産卵するだけして引っ込んだのかな?」
と魔王。
「だが、何故我々の世界まで来て卵を産んだのか。親は何故いなくなったのか。……さすがに異世界の生物ともなると常識が通用せぬ。考えるだけ無駄かもしれんな」
「俺なんかもっとわかんないよ……」
「そうか。お前は転ばないように足下に注意しろ。足が痛いのだろう?」
「すまんな、気遣わせて。名人のおかげでかなり回復したからダイジョブだよ」
「歩けなくなったら言え。お前一人を背負うぐらい造作もない」
「いやそれはさすがに……」
「なんだ? 俺では不服なのか?」
「……はずかしい」
「ここには身内しかおらん。気にするな」
黒騎士はぎこちなく笑った。
「黒騎士卿……これは何でございましょう?」
「ん? 何か見つけたのか、セバスチャン」
呼ばれたハーティノスは、かがんでいるセバスチャンに近寄った。
「見慣れない物ですが、あきらかに人為的に作られた物と存じます」
「これは――我が国で製造されたものだ!」
皆が覗き込む中、黒騎士卿はそのブツを見えるよう掲げた。
「確かに。軍人や親衛隊に支給される携帯糧食の容器ですね、姉様」
「ああ、間違いない。よく倉庫からくすねて食った」
「そういうことしてたんですか! どおりで時々ヘンな目で見られると思ったら!」
「はいはい、姉妹ゲンカはそのへんにしとけ。つまり、ここをモギナスたちが通ったって考えていいわけだな」
黒騎士卿が魔王にうなづいた。
「アキラの言うとおりだろう」
「道は合ってる。よし、急ごう」
一行は、道を遮る怪物を瞬殺しながらどんどん進んでいく。
「……なあ、ハーさんよ」
「なんだアキラ」
「道……曲がりすぎくね? なんか方向的に戻ってる感あるんだけど」
「ふむ……。名人、魔導具では分からないだろうか?」
ヒウチはお手上げの仕草をした。
「残念じゃが、この空間では位置を測定する類いの魔導具は役立たずのようじゃ」
「道なりに行くしかねーだろな。きっとモギナスたちもぐるぐる回ってるさ」
ふと、薬師が天井を見上げた。
「どうかしたか、ルパナ。いや、今は竜神の方か?」
「……もしかして、徒歩で進むのは間違っているんじゃないかと思ってな」
「確かに。水平方向がボスに至る道の正解とは限らない。だが」
「だが?」
「それだと、モギナスたちと合流出来る可能性が減ってしまうだろう」
「ふむ……面倒な」
「このまま徒歩で進もう。いいかい?」
「よかろう」
薬師は天井を見上げながら、名残惜しそうに歩を進めた。
☆
「ハーティノス」
「なんだ、ラシーカ。もう疲れたのか?」
「そうじゃなくて……なんだかすごく暑いのだけど……」
女吸血鬼は、手のひらで胸のあたりをパタパタと扇いでいる。
「そういえば……」
黒騎士卿は双子騎士をちらと見た。
「どうも連中が元気だと思ったら……。そういうことか」
その血の半ばをドラコニアンが占める、彼女たちドラゴルフは、気温は高ければ高いほど活動が活発になる。
ひんやりとした迷宮の空気は、肌に合わなかったのだ。
「あ、なにか御用ですか? 閣下」
「ビッチ! 閣下から離れろビッチ!」
「なんでもない。それと、そろそろビッチはやめろ。これでも協力者なんだぞ」
「……わかりました。(チッ)」
黒騎士は、はーっと大きくため息をついた。
「俺も、なんかみょーに喉が渇くと思ったら……。やっぱ暑いんだな。どうしよう、地底の溶岩流とかそういうのあったらヤバいだろ」
「空気中の毒物は今のところ感知しておらんでの、まだ大丈夫ですじゃ陛下」
「そうですか名人、ありがとう。引き続き様子を見ててください」
「承りましたぞ」
「ふふ」
急にルパナが笑った。
「なによ、きもちわるいな」
「お前もこちらに来て随分と変わったものだと、感心しておっただけじゃ」
「そうなの?」
「やはりビルカの血を引く者。器が良ければ中身も変わるということか」
「そんなもんかねえ……」
「人の上に立つことを徐々に学習している」
「自覚ねえけどな」
ムッとしながらも、魔王はまんざらでもなかった。