目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第64話 地下十階(3)大漁、大漁

「これか。随分と大きい石だな」

 薬師は身の丈よりも大きな杖で、巨大な鉱石をコンコン叩いた。

「だが、造作も無い」


 再び地下十階に降りた一行は、通路を塞ぐあの巨大な鉱石の前にいた。

 鉱石さえ撤去出来れば活路が開けるかも……。という黒騎士卿の提案だ。

 皆、石の巨大さに圧倒されている。


「いま向こう側を見て参りましたが、何とか通れそうでございます」

「ご苦労、セバ」


 幽霊執事が魔王に報告した。

 彼は体じゅうに取り付けた小さな鉱石を外し、幽霊の身となり大鉱石をくぐり抜け、その裏側を偵察してきたのだった。


「皆、少し下がって」

 薬師はそう言うと、杖を頭上高く掲げた。


 杖の先に嵌まった宝石が淡く光り始めると、薬師の前の空間がゆらりと虚ろになった。薬師の後ろで見ていたうちの幾人かは、だんだん気分が悪くなってきた。


「あまり見るな。気を持っていかれるぞ」

 巨石を見つめたまま、薬師が言った。


 そのとおりだと魔王は思った。

 ゆらめく空間を眺めていると、頭の先から吸い込まれそうな気がした。

 ――こりゃヤバい。

 魔王は慌てて後ろを向いた。


 杖は微かに高周波を発し、巨大鉱石や周辺にびっしり生えた他の鉱石たちと共振している。しかしその音は不快ではなく、むしろ虫の声のような涼やかさを魔王は感じていた。


「デカブツめ、観念しろ!」

 薬師が吠える。


 彼女は石と戦っていたのか? 無機物なのに。

 魔王の頭を素朴な疑問が過ぎった。

 そもそも彼女が具体的になにをしているのか、魔王にはさっぱり分からなかった。

 だが、自分以外の人はきっと分かっているのだろう。

 魔王はちょっぴり自分を不甲斐なく思った。


「でやああああああッ!!」


 薬師のシャウトと同時に、青白い光が迷宮を満たした。

 後ろを向いているにもかかわらず、魔王は眩しくて手のひらで目を覆った。


 光がすう、と弱くなっていくと同時に、ブシュウウウ……と掃除機が何かを吸い込むような音がした。


 おお、という皆の声に魔王が振り返ると――


「な、なんだそれ……」


 魔王は自分の目を疑った。

 マンションの2~3階層分はありそうな地下十階の天井、それを貫いて通路を埋め尽くしていたあの巨石が、チューインガムのように伸びて、薬師の杖先に吸い込まれていく。

 さながらアニメか、SFXか。

 魔王は目の前で起こっている奇怪な光景を、ただだまって見つめるしかなかった。


『ちゅるんっ』


 うどんでも啜ったかのような音を最後に、巨大なエネルギー鉱石は全て吸い尽くされてしまった。


「ふう、手こずらせおって」

 薬師は汗ばむ額を手の甲で拭うと、まだそこいらに転がっている鉱石を次々と吸い込み始めた。


「大漁ですね! 竜神様!」

「ですね、ですね!」

 双子のドラゴルフの騎士は、薬師の脇でキャピキャピと騒いでいる。

 普段は人づきあいの悪い竜神の姫も、今はまんざらでもない様子だ。


「なんか、えれーもん見たな……」

 魔王は未だ胸のドキドキが止まらない。


「なんだアキラ、青い顔をして。そんなに珍しいものだったか?」

 黒騎士卿が心配をして声を掛けてきた。


「け、けっこう……」

「ご気分が優れませんか? 陛下。少しお休みになられますか?」

「ありがとうセバ、なんとか大丈夫だよ」

 やせ我慢の笑顔を返す魔王。


「にしても、かなりの大漁だな。これで我が国の国庫もかなり潤うのではないか」

「だろうなあ、ハーティノス。こんなクッソデカい石を見たら、モギナスのヤツ卒倒しちゃうぜ。――どこいったんだろうな、あいつ」

「少しでも早く見つけてやらねば。モギナス卿はともかく、同行している親衛隊員たちが不安だ」

「何でモギナスだけ平気なんだ?」


 黒騎士卿はわずかに顔をしかめた。


「彼なら、自分以外の全てを犠牲にしてでも、帰って来るからだ」

「うっ……。どんだけヤな野郎なんだアイツ」

「価値観の相違、というものだろう。俺は気に食わんがな」

「俺も」

「案ずるな、アキラ。お前は俺が命に替えても護ってみせる」

「ハーティノス……。やだ、惚れちゃう」

「ば、ばかなことを言うなっ」


 いい年をした武人が、顔を真っ赤にしてうつむいた。


「そこまで純情かよ、ったく」

 魔王は指先で顔をぽりぽりと掻いた。


「さて……。道も開けたことだし、そろそろ其方の出番だな」

 ハーティノスは気を取り直して、仲間の一人に声を掛けた。


 カツカツ、とヒールを鳴らして前に出てきたのは、漆黒の貴婦人。

 ケラソス卿・ラシーカだった。


「ご指名ありがとう、ハーティノス。――じゃあ、がんばるわよ!」


 ラシーカは、たっぷりとフレアの入ったドレスの裾を翻し、蝋のように白い腕を、天に向かって差し伸べた。


「我が眷属よ! お行きなさい!」

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?