「これか。随分と大きい石だな」
薬師は身の丈よりも大きな杖で、巨大な鉱石をコンコン叩いた。
「だが、造作も無い」
再び地下十階に降りた一行は、通路を塞ぐあの巨大な鉱石の前にいた。
鉱石さえ撤去出来れば活路が開けるかも……。という黒騎士卿の提案だ。
皆、石の巨大さに圧倒されている。
「いま向こう側を見て参りましたが、何とか通れそうでございます」
「ご苦労、セバ」
幽霊執事が魔王に報告した。
彼は体じゅうに取り付けた小さな鉱石を外し、幽霊の身となり大鉱石をくぐり抜け、その裏側を偵察してきたのだった。
「皆、少し下がって」
薬師はそう言うと、杖を頭上高く掲げた。
杖の先に嵌まった宝石が淡く光り始めると、薬師の前の空間がゆらりと虚ろになった。薬師の後ろで見ていたうちの幾人かは、だんだん気分が悪くなってきた。
「あまり見るな。気を持っていかれるぞ」
巨石を見つめたまま、薬師が言った。
そのとおりだと魔王は思った。
ゆらめく空間を眺めていると、頭の先から吸い込まれそうな気がした。
――こりゃヤバい。
魔王は慌てて後ろを向いた。
杖は微かに高周波を発し、巨大鉱石や周辺にびっしり生えた他の鉱石たちと共振している。しかしその音は不快ではなく、むしろ虫の声のような涼やかさを魔王は感じていた。
「デカブツめ、観念しろ!」
薬師が吠える。
彼女は石と戦っていたのか? 無機物なのに。
魔王の頭を素朴な疑問が過ぎった。
そもそも彼女が具体的になにをしているのか、魔王にはさっぱり分からなかった。
だが、自分以外の人はきっと分かっているのだろう。
魔王はちょっぴり自分を不甲斐なく思った。
「でやああああああッ!!」
薬師のシャウトと同時に、青白い光が迷宮を満たした。
後ろを向いているにもかかわらず、魔王は眩しくて手のひらで目を覆った。
光がすう、と弱くなっていくと同時に、ブシュウウウ……と掃除機が何かを吸い込むような音がした。
おお、という皆の声に魔王が振り返ると――
「な、なんだそれ……」
魔王は自分の目を疑った。
マンションの2~3階層分はありそうな地下十階の天井、それを貫いて通路を埋め尽くしていたあの巨石が、チューインガムのように伸びて、薬師の杖先に吸い込まれていく。
さながらアニメか、SFXか。
魔王は目の前で起こっている奇怪な光景を、ただだまって見つめるしかなかった。
『ちゅるんっ』
うどんでも啜ったかのような音を最後に、巨大なエネルギー鉱石は全て吸い尽くされてしまった。
「ふう、手こずらせおって」
薬師は汗ばむ額を手の甲で拭うと、まだそこいらに転がっている鉱石を次々と吸い込み始めた。
「大漁ですね! 竜神様!」
「ですね、ですね!」
双子のドラゴルフの騎士は、薬師の脇でキャピキャピと騒いでいる。
普段は人づきあいの悪い竜神の姫も、今はまんざらでもない様子だ。
「なんか、えれーもん見たな……」
魔王は未だ胸のドキドキが止まらない。
「なんだアキラ、青い顔をして。そんなに珍しいものだったか?」
黒騎士卿が心配をして声を掛けてきた。
「け、けっこう……」
「ご気分が優れませんか? 陛下。少しお休みになられますか?」
「ありがとうセバ、なんとか大丈夫だよ」
やせ我慢の笑顔を返す魔王。
「にしても、かなりの大漁だな。これで我が国の国庫もかなり潤うのではないか」
「だろうなあ、ハーティノス。こんなクッソデカい石を見たら、モギナスのヤツ卒倒しちゃうぜ。――どこいったんだろうな、あいつ」
「少しでも早く見つけてやらねば。モギナス卿はともかく、同行している親衛隊員たちが不安だ」
「何でモギナスだけ平気なんだ?」
黒騎士卿はわずかに顔をしかめた。
「彼なら、自分以外の全てを犠牲にしてでも、帰って来るからだ」
「うっ……。どんだけヤな野郎なんだアイツ」
「価値観の相違、というものだろう。俺は気に食わんがな」
「俺も」
「案ずるな、アキラ。お前は俺が命に替えても護ってみせる」
「ハーティノス……。やだ、惚れちゃう」
「ば、ばかなことを言うなっ」
いい年をした武人が、顔を真っ赤にしてうつむいた。
「そこまで純情かよ、ったく」
魔王は指先で顔をぽりぽりと掻いた。
「さて……。道も開けたことだし、そろそろ其方の出番だな」
ハーティノスは気を取り直して、仲間の一人に声を掛けた。
カツカツ、とヒールを鳴らして前に出てきたのは、漆黒の貴婦人。
ケラソス卿・ラシーカだった。
「ご指名ありがとう、ハーティノス。――じゃあ、がんばるわよ!」
ラシーカは、たっぷりとフレアの入ったドレスの裾を翻し、蝋のように白い腕を、天に向かって差し伸べた。
「我が眷属よ! お行きなさい!」