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第63話 地下十階(2)木乃伊取りが木乃伊に

「……ダメだわ」

 額に手を当てながら、女吸血鬼が呟いた。


 地下十階のとある小部屋で捜索を開始してから、十分ほど経過してのことだった。


「誰もいないのか?」

 ドラゴルフの騎士が、部屋の外を伺いながら訊ねた。


「……というよりも、この階層、巨大な鉱石や、異生物の巣みたいなものや、異空間の壁やらであちこちが封鎖されていて、それ以上奥の様子が分からないのよ」

「なんてこった……」

「それだけじゃない、戦闘の跡なのか壁や天井が崩れて通れなくなってる場所もあったわ」

「ああ……ごめん。それ、私かも……」


 女吸血鬼は苦笑して肩をすくめた。


「しょうがない……。一旦上に戻って、封鎖されたところの向こう側あたりに穴を開けて、地下十階に戻ってみるか」

「封鎖区域を破壊して進むより、その方が早そうね」

「やれやれ……。あっちは大丈夫だろうか」


 落胆顔のウリブは、剣で肩をトントンと叩いた。



                  ☆



「よっこいしょっと……。あー、もうちっと綺麗に開けりゃよかったなあ……」

「時間がありませんし仕方ないですわね」


 先刻、自分で開けた穴からラシーカとウリブは地下九階に戻った。


「しかしなあ、封鎖区域のあっち側に行ったところで、魔王陛下や黒騎士卿がいるとは思いにくいな。同じフロアで感じないんだから、きっと……」


「でも、あの巨大な鉱石……もうお部屋いっぱいぐらいあったのよ。あれのおかげで感じられないだけかもしれない――――

 あああああああああああああああああああ!!!!」


「なんだ急にデカい声だして」


 女吸血鬼が絶叫しながら指差す先へウリブが振り返ると、そこには――


「へ、陛下! サリブ! ハ、ハーティノス様!!」


「きゃああああああああああああああああああ!!」


 唐突に出現した、オーロラのようにぼんやり輝くトンネルの口から、先発していた魔王たちが次々と出てきたのだ。

 この世とどこかの境界と思しき、幾重にも重なる色彩の輪は、侵略者たちの作った洞窟と、この迷宮の縁とほぼ同様に、ウリブには見えた。


「なんで……。さっきまでこんな穴は……」

 突然のことに頭がついていかないウリブは、呆然とその場に立ち尽くした。


「ありゃ……? 姉と吸血鬼のお姉さんじゃないか。こんなとこで何してんだ?」


 魔王・晶が二人に声をかけた。

 ラシーカとウリブは、魔王に礼をした。


「姉様、……と、なんだそのビッチは。出ていったんじゃないのか」

「相変わらず口の減らない小娘ねえ。こっちも色々事情があんのよ。

 それより、ハーティノス! 会いたかったわ!」

「お、おう。其方も無事で何より……」


 黒騎士卿は気まずそうに、幽霊執事の後ろに隠れた。



                  ☆



「するってぇと……、俺らとモギナス&親衛隊が行き違いになったってこと?」

「はあ、そういうことになります、陛下」


 地下九階のとある小部屋で休憩中の一行は、お互いの情報を交換、共有していた。


「面倒なことになってきたな」

 黒騎士卿は顎に手を当てながら呟いた。


「その宰相殿は、大丈夫でございましょうか」

「ヤバイかもしれないよ、セバスチャン」

 幽霊執事の問いに、サリブが答えた。


「ハーティノス、なんであの穴から出てきたのよ」

「それなんだが、俺にもよく分からない……」


 ピンクの非常食をもぐもぐしながら、薬師が口を挟んだ。


「恐らく、こちらとあちらが繋がった際、自然に出来た次元トラップのようなもの。我々はやつらのテリトリーから追い出されてしまった。結果的に」

「自然に?」

「そう。魔王も経験を積めば、似たようなことが出来るようになるだろう」

「うへえ……自信ない」


「そういえば、からくり人形たちは親衛隊が運んでいるから、はぐれたままになってしまったな。申し訳ない、名人」

 ウリブが細工師・ヒウチに頭を下げた。


「不可抗力じゃて。それにモギナス様がおられるなら死にはせんじゃろう」

「だとよいのですが……」

「だから帰れと言ったのに。なんで追い返さなかった。二次被害が出ている」

 薬師が毒づいた。


「あのモギナス様と親衛隊ですよ。それはムリというもので」

 ウリブの妹、サリブが頭をちいさく振った。


「我々と救助隊を合わせても、次元に干渉出来るのは魔王だけ……なのにこれでは」

 薬師は冷ややかな目で魔王を見た。


「すいませんねえ、役立たずで。こっちだって被害者だよったく……。ここにだって金策で来ただけなのにこのザマだよ。文句言いたいのは俺の方だって」

「まあ、アキラを責めても始まらない。再びあの中に潜るしかなかろう」

「そのことなんだけど……」

 ラシーカがもじもじしながら声をかけた。


「ああ、おおかた焼き払った。問題ない……はずだ」

「ホント?」

「不思議なことに、卵や幼虫はこちらに近い場所に集中していて、奥の方は成虫や成獣がところどころ沸いている状態だった。あからさまに其方が恐怖する対象は、俺の見た範囲ではほぼ見当たらなかった」

「じゃあ、一緒に行けるのね!」

「ただし、我々の通っていない場所に何があるかは保証しかねる。ついて来るなら自己責任だぞ」

「その時は帰るわ、ハーティノス」

「くんなビッチ。帰れビッチ」


 脇からサリブが罵った。


「まあまあ、妹よ。こんな女でもいればそれなりに役に立つ。不要になったら斬ればいいじゃないか」

「どうした姉様、この女に騙されているのか!?」

「お前より多く経験を積んだだけだ。敵の殲滅とモギナス様達の救出を考えろ」

「わかったよ……」

 サリブは渋々引き下がった。


 ウリブとラシーカは視線を交わし、微笑んだ。

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