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第62話 地下十階(1)探索者

 ウリブは剣を振り上げて吠えた。

「ビッチめ――コロス!!」

 ドラゴルフの腕がメキメキと太くなる。

 筋肉が盛り上がり、二回りほども逞しく変貌した。

 ビシッ……ドゴゴゴォォォッ!!!!

 ウリブが剣の柄を石畳に突き立てると、一瞬の間を置いて、分厚い床がガラガラと崩れ落ち、大きな穴が開いた。

 ウリブが暗がりを覗き込むと、ひゅう、と空気が吹き込んでくる。

「ご苦労様。さあ、降りるわよ」

 言い終わらぬうちに、ラシーカは優雅に前へ踏み出すと、すうっと穴の底へと消えていった。

「ちょ、勝手に先に行くなよ!」

 ウリブは慌てて剣を鞘に戻すと、女吸血鬼の後を追って深淵に飛び込んだ。


                  ☆


「きゃあッ!」

 地下十階に降りたラシーカが短い悲鳴を上げた。

「なんだよ、どうした」

 後から降りたウリブがランタンをラシーカの方に向けた。

「ありゃりゃ……」

「やだもお~~~~~~~っ」

「ギャハハハ、おま、カッコつけて飛び降りるからだー」

 ラシーカの片足が、ゲル状の物体にめり込んでいた。

 慌てて足を引き抜いたせいか、ぬっちょりと粘液が幾筋も糸を引いている。

「こ、こんなものすぐキレイに出来るわよったく……」

 女吸血鬼は器用に眷属を使って足のクリーニングを始めた。

「つーか、吸血鬼なんだから暗いところ見えるだろ?」

「視界に入ってなければ見えないわよッ」

「降りる場所ぐらい確認しろよ」

「だって…………ドレスの裾が……」

「あー……。なるほど。

 つまりあれだ。降りる時ふわっとして下が見えなかったと」

「な、なによ」

「べつに」

 ウリブはくっくと笑いを殺しながら、ランタンを四方に向けて周囲の様子を伺った。

「うーん……」

 着地した場所は丁度通路の上で、光の届く範囲にはいくつかのドアがあった。

 点々と、異生物が孵化した卵の残骸が放置されている。

 若干他の階層より天井が高めなことを除けば、変わったところは認められない。

「これ……何かしら」

「あん?」

 ウリブが、ラシーカが指差した先をランタンで照らすと、壁面の一部が、ガラスの砂でも撒いたかのように、キラキラと輝いている。

「これは上の階にもあったろう。あの鉱石と同じものだよ。壁からにじみ出して、光ってるんだ」

「ああ……セバスチャンにくっつけたアレね」

「そう。あんな大きな結晶はとても珍しい。だけど、この階にはもっと大きいのがあるはずだ。ま、拾って帰るヒマはなさそうだが」

「もったいないわねえ。魔王様の本来の目的は、鉱石を持ち帰ることだったのに」

「しょうがないだろ。途中で目的が変わっちまったんだから」

「そうね」

「とりあえず、安全な場所を探すぞ。眷属でみんなを探す時、お前は無防備だろう」

「お気遣いありがとう。確かに言うとおりだわ」

「今は、私とお前しかいない。私とて完全にお前を守り切れるという保証は出来ないのだから」

「あら、殊勝ね」

「事実を言ったまでだ。それに、お前にくたばられてしまったら、妹やハーティノス様を探すのが困難になる」

「アテにしてくれてうれしいわ。――私だって、ハーティノスを見つけたいもの」

「利害は一致しているな」

「そうね」

 二人は顔を見合わせ、うなづいた。


                  ☆


 手短な小部屋に入った二人は、ドアを少しだけ開けて探査を始めた。

 ラシーカは眷属をフロア中に放ち、魔王一行を探した。

 ウリブは精神を集中させ、妹の気配を感じ取ろうとした。

「うっすらと……残り香のように、妹の気配を感じる。ここから遠い場所なのか……。サリブ、どこ……サリブ」

 ウリブは眉間に皺を寄せ、妹の居場所を全力で感じ取ろうとしている。

「すごい……なんてこと……」

「どうした」

「通路や部屋を塞ぐように……岩石状の結晶が……なんてこと……」

「なんだ、鉱石か。ちゃんと探せよ」

「分かってるわよ。……でも、ところどころ、結晶が鍾乳洞みたいに柱を作っているから、眷属の能力が攪乱されてしまう場所もあるのよ……」

「そうか。わかった。私は警護に専念しよう。どのみち妹の居場所はこの調子でははっきりと分かりそうにない」

 ウリブは剣を抱くと、戸口の脇に立ち、壁に背を預けながら耳を澄ました。

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