ウリブは剣を振り上げて吠えた。
「ビッチめ――コロス!!」
ドラゴルフの腕がメキメキと太くなる。
筋肉が盛り上がり、二回りほども逞しく変貌した。
ビシッ……ドゴゴゴォォォッ!!!!
ウリブが剣の柄を石畳に突き立てると、一瞬の間を置いて、分厚い床がガラガラと崩れ落ち、大きな穴が開いた。
ウリブが暗がりを覗き込むと、ひゅう、と空気が吹き込んでくる。
「ご苦労様。さあ、降りるわよ」
言い終わらぬうちに、ラシーカは優雅に前へ踏み出すと、すうっと穴の底へと消えていった。
「ちょ、勝手に先に行くなよ!」
ウリブは慌てて剣を鞘に戻すと、女吸血鬼の後を追って深淵に飛び込んだ。
☆
「きゃあッ!」
地下十階に降りたラシーカが短い悲鳴を上げた。
「なんだよ、どうした」
後から降りたウリブがランタンをラシーカの方に向けた。
「ありゃりゃ……」
「やだもお~~~~~~~っ」
「ギャハハハ、おま、カッコつけて飛び降りるからだー」
ラシーカの片足が、ゲル状の物体にめり込んでいた。
慌てて足を引き抜いたせいか、ぬっちょりと粘液が幾筋も糸を引いている。
「こ、こんなものすぐキレイに出来るわよったく……」
女吸血鬼は器用に眷属を使って足のクリーニングを始めた。
「つーか、吸血鬼なんだから暗いところ見えるだろ?」
「視界に入ってなければ見えないわよッ」
「降りる場所ぐらい確認しろよ」
「だって…………ドレスの裾が……」
「あー……。なるほど。
つまりあれだ。降りる時ふわっとして下が見えなかったと」
「な、なによ」
「べつに」
ウリブはくっくと笑いを殺しながら、ランタンを四方に向けて周囲の様子を伺った。
「うーん……」
着地した場所は丁度通路の上で、光の届く範囲にはいくつかのドアがあった。
点々と、異生物が孵化した卵の残骸が放置されている。
若干他の階層より天井が高めなことを除けば、変わったところは認められない。
「これ……何かしら」
「あん?」
ウリブが、ラシーカが指差した先をランタンで照らすと、壁面の一部が、ガラスの砂でも撒いたかのように、キラキラと輝いている。
「これは上の階にもあったろう。あの鉱石と同じものだよ。壁からにじみ出して、光ってるんだ」
「ああ……セバスチャンにくっつけたアレね」
「そう。あんな大きな結晶はとても珍しい。だけど、この階にはもっと大きいのがあるはずだ。ま、拾って帰るヒマはなさそうだが」
「もったいないわねえ。魔王様の本来の目的は、鉱石を持ち帰ることだったのに」
「しょうがないだろ。途中で目的が変わっちまったんだから」
「そうね」
「とりあえず、安全な場所を探すぞ。眷属でみんなを探す時、お前は無防備だろう」
「お気遣いありがとう。確かに言うとおりだわ」
「今は、私とお前しかいない。私とて完全にお前を守り切れるという保証は出来ないのだから」
「あら、殊勝ね」
「事実を言ったまでだ。それに、お前にくたばられてしまったら、妹やハーティノス様を探すのが困難になる」
「アテにしてくれてうれしいわ。――私だって、ハーティノスを見つけたいもの」
「利害は一致しているな」
「そうね」
二人は顔を見合わせ、うなづいた。
☆
手短な小部屋に入った二人は、ドアを少しだけ開けて探査を始めた。
ラシーカは眷属をフロア中に放ち、魔王一行を探した。
ウリブは精神を集中させ、妹の気配を感じ取ろうとした。
「うっすらと……残り香のように、妹の気配を感じる。ここから遠い場所なのか……。サリブ、どこ……サリブ」
ウリブは眉間に皺を寄せ、妹の居場所を全力で感じ取ろうとしている。
「すごい……なんてこと……」
「どうした」
「通路や部屋を塞ぐように……岩石状の結晶が……なんてこと……」
「なんだ、鉱石か。ちゃんと探せよ」
「分かってるわよ。……でも、ところどころ、結晶が鍾乳洞みたいに柱を作っているから、眷属の能力が攪乱されてしまう場所もあるのよ……」
「そうか。わかった。私は警護に専念しよう。どのみち妹の居場所はこの調子でははっきりと分かりそうにない」
ウリブは剣を抱くと、戸口の脇に立ち、壁に背を預けながら耳を澄ました。