モギナスは考えた。
お供の親衛隊はダンジョンではあまり使い物にならない。
かといって、戦闘力の高いドラゴルフの騎士は自分には使いこなせない。
攻守にバランスが良く、ダンジョンにも慣れている女吸血鬼を、早々に手放すことは得策ではない……。
結局モギナスが彼女を引き止めたのは、100%保身からである。
せめて自分だけでも無事に魔王たちに合流したい、という。
救助隊全員を、可能な限り無事送り届けようとした女吸血鬼とは、真逆である。
そんな宰相の邪な考えを、ミノスは見抜いていた。
自分だけは、この男から目を離してはならない。
その思いを強くしながら――。
☆
「なんだか……寒くないか? ミノス」
列の前の方を歩いているリバが呟いた。
「そうですねえ……。少し、空気の流れがあるようです。地下水脈でもあるのでしょうか」
「おかしいわね。この辺りにはそんなものなかったはずだけど。あるとしたらもっと……」
「あ! あああああ! あ、あ、あああああああ!!」
「ヴィント、敵か!?」
ヴィント隊員は、あらぬ方向を見て震えている。
「た、た、たた、たい、たいちょ、ああああの、ああああああああ」
「どうした、ゴミが転がっているだけじゃないか」
「ゆ、ゆゆゆゆ、ゆう、ゆうれ、幽霊がががが……」
「……え? どこだ」
ガタガタ震えるヴィントにしがみつかれながら、リバは彼の視線の先を凝視した。
「んー……俺には何も見えないが。誰かあやしいものが見える者はいるか?」
親衛隊と宰相からは返事がなかった。
「ああ、いるわね……弱々しいけれど……あれは……」
顎に指先を当てながら、コツコツと靴を鳴らして近づいていくラシーカ。
「怖がらなくていいのよ。出てらっしゃい?」
『……』
遠巻きにモギナスが呼びかけた。
「あ、あの……そこに幽霊がいるんです?」
「いますって! 自分、分かるんです!」
裏返った声でヴィントが訴えた。
「君じゃなくて、ケラソス卿に聞いてるの」
「うう……」
「いるわよ。ただ、とても怖がっているわ……」
『…………』
ラシーカはしゃがみこんで語りかけた。
「もしかして……あなたたちは、地下霊廟から来たの?」
『……。……』
「地下霊廟、とは?」
モギナスが訊ねた。
ラシーカは、霊廟での一部始終を皆に語って聞かせた。
「ほう……。すると、異生物は幽霊も食するのですか……なるほど」
「ダメですよ、モギナス様」
「な、なんですかミノスさん、藪から棒に」
「おおかた幽霊を魔王様や自分の盾にでもしようと企んでいたんじゃないですか?」
「な、なななな、なななんの根拠があってそのような」
「彼等は死しているとはいえ、我が国の臣民です。我々には彼等を護る義務があります。……違いますか?」
「確かに。俺もミノスの言うことは正しいと思う」
「リバさんまで……って、なんで私が幽霊を弾避けにする気と決めつけてるんです」
「わりとワンパターンですからね、猊下は。……ってマイセン様の受け売りですが」
「きーッ! あの子ったら! 帰ったらお仕置きしてやりますっ!」
「ひどい叔父さんだなあ……」
こんな危険な場所で、利己的な保身行為を無計画に実行されてはたまらない。
ミノスは心底、この男を城に置いてくれば良かったと後悔した。
☆
ミノスはふと、以前城でマイセンに言われたことを思い出した。
『叔父上は国家運営に関しては、とても有能な方だと思います。
ですが、命を預かることに関しては無神経というか、無頓着な方です。危ないと感じたら、殴ってでも言うことを聞かせて構いませんよ』
平時はのんびりした、おもしろおじさんのモギナスだが、非常時には命を雑に扱うことは、戦時の彼を見てよくわかっている。
親衛隊のみならず、地下にいる魔王一行にまで災いが降りかかることがあれば、非力な自分では皆を守り切れる自信がない。
いま、自分の味方になってくれるのは――――。
隊長のリバは脳筋で、モギナスの動向について空気を読んでくれると期待しても無駄だろう。純粋に、裏切らない戦力である。
ヴィントは繊細で気が利く男だが、それ故に小心者である。任務には忠実だが、その遂行においてあまり信用はしていない。
もう一人の平隊員、トロント。こいつは数合わせにしかならない。正直、モギナスでなくとも、肉盾として消費するしか、と判断せざるを得ない。
途中合流したドラゴルフの騎士。彼女は論外。目の前に敵がいれば殲滅の役に立つとは思う。戦力は隊長以上だ。薬師か黒騎士卿と合流するまでは不確定要素。
そして、女吸血鬼・ラシーカ。
口ではなんだかんだ言って、案外世話焼きと見た。噂では黒騎士卿の追っかけをしていたという。それが本当なら、どうして魔王一行と別れて上の階に来ていたのか。そして、なぜ再び地下に赴こうとするのか。自分たちを護りながら……。
彼女の自宅で休息を取っている時に、訊いておけばよかったと後悔したが、後の祭りである。
――ここはモギナスに乗っかって、彼女の同行を強くお願いするとしよう。
「こちらの幽霊たちは解放してさしあげましょうよ。事態が収拾したら、新しい墓地を作ってさしあげるというのはいかがですか、モギナス様」
「え? あー……そうですねえ。悪く、ないですね。地下では幽霊執事が魔王様に同行して下さっているようですし……褒美を取らせるのもよいでしょう、ええ」
モギナスは、お目付役をじろりと見ると、歯切れの悪い返答をした。
「モギナス様の仰るとおり、やはり我々だけでは道中不安です。ケラソス卿、どうかこの先もずっと同行して頂けないでしょうか……」
モギナスの顔がパッと明るくなった。
ミノスは、さすがに単純すぎるだろ、と内心毒づいた。
「そうねえ…………。下のお掃除が済んでいれば…………行けるところまでなら、……まあ、いいわよ」
ラシーカはもじもじしながら、言いづらそうに答えた。
「「「「「お掃除?」」」」」