「来ます――早い!」
正面を見据えたヴィントが叫んだ。
ラシーカとヴィントは、高速で何かが接近していることを察知した。
「守護せよ!!」
ラシーカの
さながら障子の枠である。
ドンッ!!!!
何かが格子に高速でぶつかり、弾き飛ばされた。
続いて、
ガシャーンッ!!!!
金属が打ち付けられる派手な音。
「うぎゃああッ!!」
落下したその物体が、悲鳴を上げた。
ゴロゴロと石畳の上でのたうち回っている。
「あらら……」
ラシーカは、すっと手を上げると、コウモリの護りを解除した。
「貴女、大丈夫?」
「あたたた……ひどいなあ。あ、親衛隊のみなさん、どうも」
腰をさすりながら立ち上がったのは、ドラゴルフの女戦士だった。
迷宮内を低空飛行してきたのか、背中からドラゴンの翅が飛び出している。
「き、貴官は、黒騎士卿の部下だった、騎士サリブ殿か」
リバが訊ねた。
突然のことで、少し引いている。
「いえ、姉のウリブです。隊長殿」
ウリブは敬礼した。
「して貴官は魔王様護衛の任に就いていたのでは?」
「竜神様の命により、偵察に参りました」
「あ……と、薬師殿のことか。それで?」
「同行していた、からくり猫のミミ殿が、ほかのからくり人形が接近していると察知されました。
万一、モギナス様が余計なことをしているかもしれない、と竜神様が仰られました故、こうして様子を見に参った次第……あ、おられましたか。モギナス様」
「キーッ、分かってて言ったでしょ、分かってて!」
「いやあ、怪しい桃色装束の従者がいるなあ……とは思いましたが、痛みでじっくり見る余裕はございませんでしたよ。そのお姿は一体どうされたのでしょうか?」
「これですか。これは原初の星に伝わるクノイチ、という職業の装束です。先日魔王様より教えて頂いたのですよ」
「はあ…………」
「ウリブさん、何か聞くことはありませんか?」
「え? 何が、でしょうか」
「クノイチについて、疑問に思ったことはありませんか?」
困惑するウリブに、ミノスが耳打ちした。
ああ、と何かを悟ったウリブ。ミノスの助け船にガッツポーズで応えた。
「こほん。して、どのような職業で、なにゆえモギナス様はそのなりなのでございますか」
「よくぞ聞いてくれました。そなたは優秀な武官ですね。私が選抜して魔王様の共につけただけはあります。ホホホ」
あー……。
一行の顔に『うんざり』と書かれている。
原初の星的な表現をするならば、頭上にバッドステータスのアイコンが並んでいる、というところか。
ぐだぐだとモギナスのよくわからない説明が一分ほど続いたところで、
「モギナス様、お急ぎになられませんと! 魔王様がお待ちですよ!」
と、ミノスが釘を刺した。
「ああ! そうでしたそうでした。して、魔王様たちはどうなさっておいでですか」
「はっ。卵畑を焼いて遊んで……いや、魔法の鍛錬をなさっておいでです」
「左様ですか。ご無事そうで何よりです。もうすぐ会えるんですね……魔王様に」
グスン、と泣きマネをするモギナス。
日頃彼の芝居がかった振る舞いに、うんざりしつつもスルーしなければならない、親衛隊の気苦労は多い。
ひとしきり下階の様子を報告した後、
「ところでラシーカ様」
ウリブがじろりと女吸血鬼をにらんだ。
「なにかしら、ドラゴルフの騎士様よ」
「つかぬことをお伺いするが、こんな近くにまだいるのは何故か。住民の避難誘導をする、とハーティノス様に言っておられたはずですが」
ラシーカはフン、と鼻を鳴らすと、不機嫌そうに話し始めた。
「なによ。いちゃわるい?
……たしかに住民を追い出しながら上にのぼっていたわ。でも、地下五階まで上がったら、このおもしろグループが、からくりとはぐれて迷子になってたのよ。それをわざわざここまで引率してきたんだけど、何か問題でも?」
「なるほど。それと――」
「まだ何か文句あんの?」
「何故、私の接近が分からなかったのです? 貴女の眷属なら遠くまで見ることが出来たはずですが」
「自分だけなら、あるいは、他人を護る必要がなければ、それも可能だったわね」
「……というと?」
「ここにいるおバカさんたちを、無事に魔王様の元に届けるため、防御に徹していただけよ。だから、急接近してきた貴女が何者なのか分からなかった。
分かったら満足したかしら? 脳筋は虫類さん」
「んだとをッ!!」
激高したウリブは剣を抜いた。
「二人ともおやめなさい! ケラソス卿もその子をあまり怒らせないでくださいましよ。扱いが大変で、黒騎士卿とセットで送り込んだぐらいなんですから」
「あら、ケンカ売ってきたのはこの小娘の方よ? モギナス宰相」
「まあまあまあまあ、お住まいの修繕と使用人の件、戻り次第お取りはからいしますので、ここはひとつ収めていただけないですかな、ケラソス卿」
「お前も剣を収めなさい」
親衛隊長・リバがウリブに命じた。
「……分かりました。今回だけ、ですよ」
ウリブは渋々剣を鞘に戻した。
「べつに構わないわよ。私はここでお暇するから」
「え? 下までご一緒して頂けるのではなかったですかな」
「もういいでしょ? お迎えも来たことだし、私は上に行くわ」
「左様ですか……」
モギナスは残念そうだ。
「なによ。一番ヤバい場所以外は駆除終わってるなら、私がいなくてもいいじゃない。それとも、このドラゴルフの娘では戦力不足ということかしら?」
「そのようなことはない!! 私一人で護衛は十分だ!!」
「……って言ってるわよ」
「ではせめて、階段までご一緒して頂くというのは……いかがです?」
「食い下がるわねえ、モギナス様。……何かたくらんでるんじゃないの?」
「そうなような、そうでもないような……まあ、悪いようには致しませんよ」
モギナスは手元で口を隠すと、ククク……と怪しげに笑った。