「ようこそ我が家へ~」
救助隊一行は、地下八階の一角を大胆にリフォームしたラシーカの邸宅に到着した。道中は死体が散乱する荒れっぷりだったが、幸い屋敷の中は無事だった。
……玄関先の使用人らしき惨殺死体は置いておくとして。
「いやあ、地下にこんな見事なお屋敷があるとは……」
「隊長さん、気に入ったなら住んでもいいのよ? 私の従者として、だけども」
「あばば、そ、それはご勘弁下さいラシーカ殿」
「じゃあ、そっちのイケメンさんでもよいのよ?」
ラシーカはミノスを指さした。
「わ、わたしですか!? ご、ごご、ご冗談を。イイイ、イケメンだなんて」
「「「そっちかよ!」」」
「あらダメですよ、ケラソス卿。彼は私が先に予約してるんですから」
「どーいうことよ」
「彼のような有能な人材は、私の副官として国政に携わっていただき、魔王ビルカ様のお遊びで散財した国庫を元に戻すお仕事に励んで頂きたく」
「どっちもお断りします! わ、私には、王家の皆様をお守りし、隊長をお支えするという大事な使命がございます。お二人のお誘いは誠に嬉しく存じますが、どうぞご理解を賜りたく存じます」
桃色忍者と黒ドレス女に深々と礼をする、親衛隊副隊長・ミノス。
「ミ、ミノシュウウウ!! そんなに俺のことををををををを~~~~~~ッ!!」
がっしとミノスに抱きつく筋肉ダルマのリバ。
「暑っ苦しいから離れてください! 私が案じているのは貴方じゃなくて貴方の部下です!! ったくどこもかしこもお世話が必要な人ばっかりでもう!!」
「うふふふッ」
「なにがおかしいんですか、モギナス様」
「いえなに、ちょっと既視感を覚えたものですから、つい。うふふ」
「とにかく誰か隊長を剥がしてくれ~~~っ、苦しいんだよおぉぉ」
「離さんぞ! お前は親衛隊の子なんだからな!」
「た、助けて~~~~ッ!!」
平隊員が二人がかりで、ようやく隊長を引き剥がした後、家主のラシーカが皆に言った。
「この中に、お料理出来る人いるかしら?」
「わ、わたしが……」
ヴィントがおずおずと手を挙げた。
「ああ、彼なら腕は確かですよ、ラシーカ様」
同僚の平隊員が太鼓判を押す。
「こいつの実家、レストランやってんすよ」
「じゃあ、なんで親衛隊なんか入ったの?」
「店は兄貴が継いだんで……」
「ああー、そういう……。なら二号店でも出せばいいじゃない」
「!? その手があったか!!」
「まあいいわ、厨房にいろいろあるから、カンタンに出来るものでも皆さんに作って差し上げて。私はコレがあるから……」
そう言ってラシーカは、ワイングラスを揺らして見せた。
「「「「「!!!!」」」」」
息を呑む一同。
恐る恐るリバが訊いた。
「……それってもしかして……血、ですか?」
「そうよ」
「なッ……」
ラシーカはテーブルにグラスを置くと、その傍らにある小さな樽を取り、皆に見せた。
「この樽、城下の細工師に作らせた逸品なのよ。これに水と塩を入れて一晩置くと、血になるの。便利でしょう?」
ラシーカは得意げに掲げてみせた。
「おお……すごい、ですね。どういう理屈かよくわからんですが……」
「では生物から搾り取った血が入ってるわけじゃないんですね?」
「そうよ、イケメンさん」
皆ほっとした顔で警戒を解いた。
「この迷宮に引っ越してくる時に作ってもらったの。ほら、城下だと血を手に入れるのはカンタンだけど、ここではヘンな生き物ばかりだし……」
「まあ、バイト感覚で売血してる連中も多いですからねえ。うちの隊員も給料前になると売りに行くやつがたまにいます」
「そうなのか、ミノス」
「知らないの隊長だけですよ」
「ええ……」
「最近は売血所にスイーツとか本とか置いてあったり、かわいい女性職員さんがいたりして、けっこう人気ですよ?」
「……今度連れていってくれ」
リバは真顔で言った。
☆
ラシーカの邸宅で休息を取った一行は、恐怖の地下九階へと出発した。
「私が起きていればよかったのだけど、目が覚めた時にはこのフロア、敵だらけだったのよね……。使用人が食われちゃってさんざんよ」
「それは大変でしたねぇ」
「でも、魔王様に新しい使用人を用意してもらう約束してるから」
「えっ、陛下が? そうですか……、わかりました。確認次第、私の方で準備させましょう」
「助かるわ、モギナス様。それと」
「なんでございましょ?」
「さっきの樽を作った細工師に褒美をやりたいの。何かいいかしら?」
「そうですねえ……こういうのはどうでしょう」
モギナスはラシーカに耳打ちした。
しばらく歩くと、最後尾担当から先頭担当になったヴィントが足を止めた。
「みなさん待ってください」
「貴方も聞こえる?」
「ええ、ラシーカ様……これは一体……」
ヴィントはすらりと腰の剣を抜くと、ラシーカの前に立った。
「護衛は無用よ」
「え?」
ラシーカは下げた両手をすっと前方に向けると、救助隊の周囲、上下左右ぐるりと黒い膜で覆った。
「これも……眷属ですか」
傍らのリバが訊ねた。
「そうよ。普段はコウモリの姿をしているけど、こんな風に液状化させることが出来るわ。便利でしょ」
「そ、そうですね……。コウモリたちは大丈夫なんですか?」
「シッ、その話はあとでね。隊長さん」
「あ、申し訳ない……」
「来ます――早い!」
正面を見据えたヴィントが叫んだ。