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第56話 地下七階(2)黒い波

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


 ヴィントの絶叫に振り返った救助隊が見たものは――。


「あれ? いないぞ」

 と、リバ。

 皆もキョロキョロ見渡すが、ヴィントの姿形も見当たらない。


「うあああ~~~~~~」

「あ、ヴィントの声だ! ど、どこだ?」


 一行は声のする方にランタンを向けて探した。


「んもぉ、なにやってんのよ~」

「え? え? ヴィントさん、どこにいるんですっ!?」

「全員わかんないのぉ? にっぶいわねえ……」


 ラシーカがスッ、と手を挙げると、何かが、ざわざわとさざめきながら近づいてきた。それは、潮騒に似た、だが金属が擦れ合うような音だった。


「うッ、なんだこれは!!」

 リバが叫んだ。


 音を追いかけてきたのは、コールタールのような黒い波だった。

 床、左右の壁、天井と、四方を這うように、真っ黒な流れが迫ってきた。


「うは、うああ……たす、っぷ、け、てええ……」


「おい! ヴィント、どこだ! いま助けてやるぞ!!」

「隊長、見当たりません……」

「どこでしょうかねぇ……」


「ああ!! いました!! あ、あそこですッ」

 平隊員が、裏返った声を上げた。

 彼の指さす方向は――


「手を、手を伸ばすんだヴィント!」

 リバは剣と盾を捨て、両手を天井に伸ばした。

 だが、いま少し高さが足りない。


「それじゃ届きませんよ、隊長。肩車だ!」

「ぐえっ」


 ミノスは軽々とリバの肩に飛び乗ると、彼の頭を股で挟み込み、天井で溺れているヴィントの手を掴んだ。


「ふくた、いちょ、掴みました!」


 しっかりと部下の手を握ったミノスは、リバの首を両足でぎゅっと絞めた。


「隊長しゃがんで!!」

「おう!」


 ずるるるッ……!!


 天井を這う黒い波の中から、黄緑色の軟体動物に絡め取られたヴィントが救助されると、勢いでそのまま石畳の上に放り出された。


 ぐしゃり、とタコのようなヒトデのような軟体動物が、イヤな音を立て、体液をぶちゅりと床に吐き出す。

 その衝撃で、ヴィントの首を締めていた触手がはらり、と剥がれ落ちた。


「大丈夫か!?」

「は、はい……隊長……うう」

「まだ下半身の方、巻き付いています! このままでは食われてしまうッ」


 ずい、とモギナスが前に出た。

「任せなさい」

 と言うと、ピンクの頭巾を脱ぎ捨て、杖のヘッドを軟体動物に向けた。


「きえええぇぇぇッ!!」


 モギナスが裏返った声で気合いを入れると、軟体動物の表面を青い炎が焼き始めた。

 軟体動物はすぐさまヴィントから剥がれ、石畳の上でのたうちまわった。

 柔らかい表面は煮立ってブクブクと気泡を作り、弾けた部分からは刺激臭がまき散らされた。


「うげえぇ、ひどい臭いだ……」

「くっさ……た、助かりました猊下」

「ちょ、もっと他に方法なかったんですか、うぇっぷ……」

「げほ、げほ」

「やめてえ、臭いが髪に移っちゃう!!」


 苦情が酷かった。


「え~、ダメですか? ほらほら、いい具合に焼けましたよ。みんなで食べましょう。おいしそうじゃないですか~」


 じり、と一歩下がる親衛隊。


「それマジで言ってるんですか」

「これは帰ったらマイセン様にご報告せねば」

「なんでですか。新たな食糧の発見かもしれないんですよ? じゃあ私が試します」

「やめてください。ここで猊下がおなかを壊したら、私が姪御様に叱られるんです」

「いーえ、ジャマしないでください。姪は姪です」

「ダメです。だからモギナス様を城の外に出すのイヤなんですよ~。すぐヘンなことやろうとするから。こっちの身にもなってください猊下!」

「ちっ……しょうがないですねえ」


 モギナスは、床に放り出したピンクの頭巾を拾い、被りなおした。


「いやあ、助かりました、みなさん。あのタコみたいのに後ろをつけられてたのに気付いて、お知らせしようとしたら絡みつかれて、どこかに引き摺られていって……」

 ヴィントはぐったりしながら言った。


「やつらの一種には、安全そうな場所に餌を持ち去って、そこで食べる習性があるのよ。きっとどこかの部屋に連れ込まれるところだったのね」

 と、ラシーカ。


「先ほどの黒い波は……ケラソス卿の眷属ですかな」

「そうですわ。生きたまま持ち去られるところ、私の僕で押し戻したのです」

「ありがとうございます、ラシーカ様。命の恩人です」

「気にすることはないわ。一人でも多く魔王様の元にお届けしようと思ってるだけよ。ここは急いで通り抜けて、下に行きましょう。私の屋敷があるわ。……無事なら、だけど」


 ラシーカは、儚げな笑顔で、くるりとターンをして見せた。

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