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第55話 地下七階(1)惨劇の始まり

「さあ、先を急ぎましょう。魔王様たちが心配です」


 ミノスの声で任務を思い出した一行、ケラソス卿ラシーカの案内で下階へと移動しようとしたその時。


「隊長、念のため一人、地上に送りましょう」

「さすが副官、俺は気がつかなかったぞ。……で、なんでだ?」

「あはは……。突入前と状況が変わり、かつ情報も増えました。これ以上増援が来ても困りますし、さらなる被害に備えてゲート前の拠点を増強してはどうでしょう」

「その案、私も賛成です」

「「モギナス様」」

「うふふ、ミノスさんとは気が合いそうですねえ。親衛隊なんかやめて、私の秘書になりませんか?」

「いや、あの……光栄ではありますが……」


 ちら、と傍らの親衛隊長・リバを見る。


「俺はかまわんぞ」

「貴方が構わなくても、他の隊員が困るんですっ! 貴方のような脳味噌筋肉な人しかいなかったら、ウチは回らなくなっちゃうんですよ!」

「つまり、ミノスさんはリバさんのお世話で忙しいと……」

「なっ!!」


 顔を真っ赤にして憤慨するリバ。

 その脇でラシーカがクスクス笑っている。


「そうなんですよ。というわけで、せっかくのお誘いなのですが……」

「じゃ、代役が見つかったらお願いしますね」

「御意」

「ちょ、おま、どういうそれ、というか猊下まで」


「……というわけで」

 ミノスはこほん、と咳払いをした。

「地上に戻る者を選抜する。好きな方でいいぞ。ヴィント、お前は残れ」

「じ、自分でありますか?」


 ヴィントは、平均的な背格好と面相で、少々気が弱そうな男だ。


「そうだ、ヴィント。お前には、俺たちに見えないもの、感じないものに気付ける能力がある。今回の任務において、その能力は武器となるだろう。

 ――未知なる地底に、同行してくれるか?」


 ミノスは、悪魔的な面持ちで、部下に殺し文句を投げた。


「も、もも、もちろんであります!!」

 平隊員ヴィントは、最敬礼でミノスに応えた。



                  ☆



 地下五階下り階段入り口でカエル人形を回収した一行は、六階、七階と下るに従って、迷宮内の様子が激変していることに気付いた。


「なんなんだこれは……。あちこち壁はただれ、床は穴が開いてるは、そこここに喰い散らかされたり溶かされた魔物の死骸が転がってるは……、一体だれがこんなことを……」


 ラシーカのすぐ後ろを歩いている親衛隊長・リバが言った。


「あら、繊細なのね隊長さん。うふふ……、この下はこんなもんじゃないわよ。胃の中身があるなら、いまのうちに吐いてしまうことね」


「ええ……ッ」

 渋い顔で歩いていたリバの顔が、みるみる青くなっていく。


「し、下には何がいるんです?」

 モギナスがラシーカに訊ねた。


「いままで見たこともない、へんな生物よ。タコみたいなのとか虫みたいなのとか。九階ぐらいから下は、床も壁も、やつらの卵でびっしりだったわ」


「「「「「うああ……」」」」」


 ラシーカは、声を低くして話しはじめた。

 心なしか、楽しそうに。


「やつらはねえ……。九階十階の住人を食らいつくして餌がなくなり、天井を溶かして上の階に這い上がってきたわ……」


「は、這い上がって……ですか……」


「そうよ、宰相様。そして、手短な生物を捕まえては、バリバリと喰い散らかしたり、溶かしてじゅるじゅる吸い込んだり……」


「ひいいッ!!」

「ぎゃああっ」


 モギナスとヴィントは悲鳴を上げて抱き合った。


「そ、それから……他には?」

 ミノスはこわごわ、話の続きを促した。


「そうねえ……、ヒウチ名人のお弟子さんとか、竜人の騎士ちゃんとかも、食べられそうになってたらしいわね」


「「いやああああぁぁぁッ!!」」


「猊下、ヴィント、気をしっかり!」

 慌てて二人を抱き留める筋肉ダルマの隊長。


「ご安心下さいモギナス様、御身の安全は我々が……って、おい、ヴィント!」

「す、すびばぜんっっっ、副隊長!!」

 大の男が半泣きである。


 そこここに、新鮮かつ無残な死体が大量に転がっている様を見れば、誰だって恐ろしい。これらは戦争で殺し合った結果生じた死体とは次元が違う。


 ――『食われた』残骸なのだ。


 さすが、闇の眷属たる吸血鬼。顔色一つ変えやしない……。

 国民とはいえ、薄気味の悪い連中だ。

 ミノスは心の中でラシーカに毒づいた。


「みなさんしっかりしてください! ここで我々が音を上げてどうするのですか。今この時も、この下で、魔王様たちがもっと恐ろしいものと戦っておられるのですよ」

「そうだ、ミ、ミノスの言うとおりだ。俺たちが心折れていては、お救い出来るものもかなわぬ。さあ、気力を振り絞って恐怖を追い出すのだ!」


 副隊長、隊長が皆に檄を飛ばす。

 リバに至っては、自分自身に言い聞かせるように。

 ――が。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


「いい加減にしろ、ヴィント――え!?」



 彼の絶叫に振り返った救助隊が見たものは――。

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