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第54話 地下五階(3)救助隊、救助される

「貴方達、魔王城の人?」


 一行の背後に現れたのは、漆黒のドレスに身を包んだ、妖艶な美女だった。

 はすに構え、腕組みをして、一行を見ている。

 少々苛ついているように見えるのは、待たされたからなのか。


「ええ、そうですよ。お嬢さんはどちら様で?」

 いぶかしげな表情でモギナスが訊ねた。

 さすがにこんな場所で着飾っている女が、人間であるとは思えない。

 魔族か、それに類する人外なのだろう。


「あたし、ハーティノスの知り合いなんだけど、この中に分かる人いる?」

 ラシーカは、その場の全員の顔をぐるりと見回した。


「宰相のモギナスです。彼をこの迷宮に派遣したのは私ですが、何か?」

 全身をピンク色でキメた、異国風アサシン装束の男が小さく手を挙げた。


「ああ、よかった。私はラシーカ。最近城下からここに引っ越してきたの。

 名工ヒウチのカエル人形から聞いて、貴方達を探しに来たのよ!」

「なんと!

 それはお手数をお掛けして申し訳ない。して、人形と黒騎士卿は?」

「カエルさんは下り階段入り口で待機、熊さんと鳥さんは、こっちに向かってるわ。そして黒騎士卿とは地下九階の途中まで一緒だったわよ」

「魔王様や他のみなさんは!?」

「全員無事よ。私は引き返して、住民の避難誘導をしていたところよ」

「それはそれは、大変ご苦労様です。さあ、魔王様のところに案内して下さい」

「……申し訳ないのですけれど……」

「なにか、問題でも?」

「魔王様直々に命を受けているのですけれど……」

「はい?」


 ラシーカは、少し間を空けて話し出した。


「お城から来られた皆様には、お戻り頂くように、との仰せです」

「なんですと!!」


「我々は、従者によって届けられたヒウチ氏の手紙を見て、魔王様たちの救助にはせ参じた。帰れというのは如何なる事情か」

 リバが脇から口を挟んだ。


 ラシーカは、白い顔を青くしながら、

「……下はいま、かなりすごいことになってるのよ……」


「すごいこと……だと?」

 リバはごくりと唾を飲んだ。


「その従者、つまり名人のお弟子さんよね?

 私はその子と入れ替わりで魔王様ご一行と出会ったわ。だから、手紙にはその後の状況変化が記されてはいなかったのよ。

 ――その時はまだ、地下で起こっていることの予兆しか分かっていなかった」


 ラシーカは、惨劇の記憶に震え、己の両肩を抱いた。


 そして数分後。

 落ち着いた彼女は、この地下迷宮の地下深くで起こっている異常事態について、見聞きしたこと一切合切を語った。


 話を聞いていた親衛隊員たちは、恐ろしさに口もきけなかったが、宰相モギナスだけは渋い顔で、身の丈よりも長い杖を握りしめ、女吸血鬼から得られた情報を脳内で必死に整理していた。


「死ぬわよ、あんたたち」

 美しい顔を引きつらせ、ラシーカは爪を噛みながら吐き捨てた。


「ですが……ここで引き返すわけにもいきませぬ。たとえこの迷宮ごと焼かれようとも、私は陛下のお側に参りますぞ」

 モギナスは、女吸血鬼に毅然と答えた。


「私はちゃんと伝言伝えたわよ」

「お嬢さん、頼みます、どうか案内を――」


 ラシーカはため息をひとつつくと、

「地下九階までなら連れてってあげる。だけど、そこまでよ。下には降りない」


「おお……有り難い」

「それに、途中で何があっても責任は持てない。私の従者だって全滅したんだから」

「なんと……」


 リバが一歩前に出て言った。

「未知の化け物とやらが現れようと、我々は倒して前に進むのみ。貴殿の身も我々がお守りします。ぜひ下までお連れ頂きたい」

 リバはラシーカに敬礼をした。


「あのー……」

 後ろの方で親衛隊員が、おずおずと手を挙げた。


「なんだ?」と、ミノスが振り返る。

「こちらの方が……」

「誰もいないじゃないか」

「あの、こちらに……」


 親衛隊員が腰をかがめ、足下を手で指し示した。

 そこには――。


『オイ。だメじゃなイカ、おマエたチ』

『クックウウクケケケコケケケッケー』


「熊さん! 鳥さん! ああ、迎えにいらして下さったんですね!!」

 モギナスは感激の声を上げると、彼らの前に膝をついた。


『マッタク、とンだよリミチをしテシマったゾ。ますたーニなにカアッタラどウスるつもリなんだ』

 熊は鳥の背で腕組みをし、頭を上下にカクカクさせて、憤りを露わにしていた。


「面目次第もありませんです、ハイ……」

「なに偉そうに言ってるのよ。カエルさんに聞いて、私が階層じゅうにコウモリを飛ばさなかったら、あんたたち今頃粉々に踏み砕かれて、不燃ゴミになってたわよ?」


『グウウ……。オヌシのいウとオリだ。かんシャする』

『クックコココ』


 熊は若干不服そうにしていたが、鳥は素直に頭を下げた。


「コウモリを飛ばしたということは……眷属ですか。ああ、なるほど、貴女はケラソス家のご令嬢……」

 モギナスは、からくり鳥たちを抱いて立ち上がると、頭巾越しに顎を撫でた。


「今は当主よ。親は私に家督を譲って、田舎の領地で隠居してるわ」

「左様でしたか……」


「さいきん城下に人間がうろうろしてるじゃない? あんまり目障りなんで、つい最近ここに引っ越してきたのよねぇ。そしたらこの騒ぎじゃない。もうさんざんよ~」

 ラシーカはうんざり感MAXな様子でお手上げポーズをとった。


「失礼、」

 地図係の副隊長、ミノスが声をかけた。

「お二人とも、いろいろお話がおありと思いますが、歩きながらでも会話は出来ますよね。さあ、先を急ぎましょう。魔王様たちが心配です」


「そうでした! ケラソス卿、案内をお願いしますぞ」

「心得ましたわ」


 ラシーカは不敵な笑みを浮かべると、ドレスの裾を翻して来た方へと歩き始めた。

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