「貴方達、魔王城の人?」
一行の背後に現れたのは、漆黒のドレスに身を包んだ、妖艶な美女だった。
はすに構え、腕組みをして、一行を見ている。
少々苛ついているように見えるのは、待たされたからなのか。
「ええ、そうですよ。お嬢さんはどちら様で?」
いぶかしげな表情でモギナスが訊ねた。
さすがにこんな場所で着飾っている女が、人間であるとは思えない。
魔族か、それに類する人外なのだろう。
「あたし、ハーティノスの知り合いなんだけど、この中に分かる人いる?」
ラシーカは、その場の全員の顔をぐるりと見回した。
「宰相のモギナスです。彼をこの迷宮に派遣したのは私ですが、何か?」
全身をピンク色でキメた、異国風アサシン装束の男が小さく手を挙げた。
「ああ、よかった。私はラシーカ。最近城下からここに引っ越してきたの。
名工ヒウチのカエル人形から聞いて、貴方達を探しに来たのよ!」
「なんと!
それはお手数をお掛けして申し訳ない。して、人形と黒騎士卿は?」
「カエルさんは下り階段入り口で待機、熊さんと鳥さんは、こっちに向かってるわ。そして黒騎士卿とは地下九階の途中まで一緒だったわよ」
「魔王様や他のみなさんは!?」
「全員無事よ。私は引き返して、住民の避難誘導をしていたところよ」
「それはそれは、大変ご苦労様です。さあ、魔王様のところに案内して下さい」
「……申し訳ないのですけれど……」
「なにか、問題でも?」
「魔王様直々に命を受けているのですけれど……」
「はい?」
ラシーカは、少し間を空けて話し出した。
「お城から来られた皆様には、お戻り頂くように、との仰せです」
「なんですと!!」
「我々は、従者によって届けられたヒウチ氏の手紙を見て、魔王様たちの救助にはせ参じた。帰れというのは如何なる事情か」
リバが脇から口を挟んだ。
ラシーカは、白い顔を青くしながら、
「……下はいま、かなりすごいことになってるのよ……」
「すごいこと……だと?」
リバはごくりと唾を飲んだ。
「その従者、つまり名人のお弟子さんよね?
私はその子と入れ替わりで魔王様ご一行と出会ったわ。だから、手紙にはその後の状況変化が記されてはいなかったのよ。
――その時はまだ、地下で起こっていることの予兆しか分かっていなかった」
ラシーカは、惨劇の記憶に震え、己の両肩を抱いた。
そして数分後。
落ち着いた彼女は、この地下迷宮の地下深くで起こっている異常事態について、見聞きしたこと一切合切を語った。
話を聞いていた親衛隊員たちは、恐ろしさに口もきけなかったが、宰相モギナスだけは渋い顔で、身の丈よりも長い杖を握りしめ、女吸血鬼から得られた情報を脳内で必死に整理していた。
「死ぬわよ、あんたたち」
美しい顔を引きつらせ、ラシーカは爪を噛みながら吐き捨てた。
「ですが……ここで引き返すわけにもいきませぬ。たとえこの迷宮ごと焼かれようとも、私は陛下のお側に参りますぞ」
モギナスは、女吸血鬼に毅然と答えた。
「私はちゃんと伝言伝えたわよ」
「お嬢さん、頼みます、どうか案内を――」
ラシーカはため息をひとつつくと、
「地下九階までなら連れてってあげる。だけど、そこまでよ。下には降りない」
「おお……有り難い」
「それに、途中で何があっても責任は持てない。私の従者だって全滅したんだから」
「なんと……」
リバが一歩前に出て言った。
「未知の化け物とやらが現れようと、我々は倒して前に進むのみ。貴殿の身も我々がお守りします。ぜひ下までお連れ頂きたい」
リバはラシーカに敬礼をした。
「あのー……」
後ろの方で親衛隊員が、おずおずと手を挙げた。
「なんだ?」と、ミノスが振り返る。
「こちらの方が……」
「誰もいないじゃないか」
「あの、こちらに……」
親衛隊員が腰をかがめ、足下を手で指し示した。
そこには――。
『オイ。だメじゃなイカ、おマエたチ』
『クックウウクケケケコケケケッケー』
「熊さん! 鳥さん! ああ、迎えにいらして下さったんですね!!」
モギナスは感激の声を上げると、彼らの前に膝をついた。
『マッタク、とンだよリミチをしテシマったゾ。ますたーニなにカアッタラどウスるつもリなんだ』
熊は鳥の背で腕組みをし、頭を上下にカクカクさせて、憤りを露わにしていた。
「面目次第もありませんです、ハイ……」
「なに偉そうに言ってるのよ。カエルさんに聞いて、私が階層じゅうにコウモリを飛ばさなかったら、あんたたち今頃粉々に踏み砕かれて、不燃ゴミになってたわよ?」
『グウウ……。オヌシのいウとオリだ。かんシャする』
『クックコココ』
熊は若干不服そうにしていたが、鳥は素直に頭を下げた。
「コウモリを飛ばしたということは……眷属ですか。ああ、なるほど、貴女はケラソス家のご令嬢……」
モギナスは、からくり鳥たちを抱いて立ち上がると、頭巾越しに顎を撫でた。
「今は当主よ。親は私に家督を譲って、田舎の領地で隠居してるわ」
「左様でしたか……」
「さいきん城下に人間がうろうろしてるじゃない? あんまり目障りなんで、つい最近ここに引っ越してきたのよねぇ。そしたらこの騒ぎじゃない。もうさんざんよ~」
ラシーカはうんざり感MAXな様子でお手上げポーズをとった。
「失礼、」
地図係の副隊長、ミノスが声をかけた。
「お二人とも、いろいろお話がおありと思いますが、歩きながらでも会話は出来ますよね。さあ、先を急ぎましょう。魔王様たちが心配です」
「そうでした! ケラソス卿、案内をお願いしますぞ」
「心得ましたわ」
ラシーカは不敵な笑みを浮かべると、ドレスの裾を翻して来た方へと歩き始めた。