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第53話 地下五階(2)迷宮の迷子2

 ――絶賛迷子中の救助隊一行。



「モギナス様……やはり我々は迷っているのではないでしょうか……」

「…………疲れました。リバさん、おんぶして下さいませんか?」

「この格好ではムリです、猊下。がんばって歩いてください」

「隊長、私はちゃんと地図を書いておりますよ?」

「では何故俺たちは迷っているんだ、ミノス」

「この階がとてつもなく広い、ということなのでは……」

「いやいや、そんなに大きな構造物ではないはずですよ? 古い図面も残っていたのですから……」

「ですが実際……。もしかして我々は、何らかのトラップにかかっているのでは?」



 からくり人形たちとはぐれたことに気付いてから、かれこれ小一時間は同じ階層をさまよっている。

 先頭を歩く、宰相、親衛隊長、副隊長たちのやりとりを聞いて、後続の隊員たちに

も不安が伝染していく。


 ここでは誰もが、ダンジョンバージンだ。

 屈強な隊員たちでも、案内もなく未知の領域に取り残されては、心細くなるのは致し方ないことである。



「ちょっとその図面、見せて頂けますか?」

「どうぞ、猊下」

「うーん…………」


 ミノスの書いた地下五階のマップを睨んでうなるモギナス。


「この通路、極端に長くありませんか? それに、ほとんど誰ともすれ違っていない……」

「確かに……」

「やはり、私たちは道を間違えていると判断します。隊長はどうです?」

「言われてみれば、確かに猊下の仰る通りだと」

「私も、図面の作成に夢中になっていましたが、言われてみれば、住人を見かけなかったように思えます」

「……では、みなさん、この起点の位置まで戻りましょう」

「了解です」

「あ、その前に……うふふ、いいこと思いつきました」


 モギナスは細い目をさらに細めて、くすくす笑ったが、彼以外の全員に戦慄が走った。



                  ☆



『それジャア、いっテくルぞ! イイこでマッテろよ!』


 鳥の背に乗った熊は、階段入り口の縁に飾られた、彫像の上に腰掛けたカエルに手を振った。


『マツのハなれテいル。かなラズみつケろよ』

『ショうちシタ』


 熊たちは一旦、地下五階に戻ると、地下六階に繋がる階段の入り口にカエルを残した。

 人の背よりも高い位置にある、彫像の上に昇っていれば、いざモギナスたちがやってきても、すぐ見つけられる。

 そして、熊と鳥は来た道を戻って、救助隊一行を探すという算段だ。


『ヨクおもいツイタな、トリよ』

『クックコココクックカカックコココクウクーックックココ』

『あんナぞウがあるナンテ、きヅカナかったゾ。あタマいいンダナ』

『クックック……』


 からくり鳥は、誇らしげに胸を張り、首をのけぞらせた。


 早速二人は魔族の救助隊一行の探索を開始した。

 とはいっても、ただ来た道を戻っているだけなのだが。


 道中、後ろから追いついてきた下階の住人たちに踏み潰されそうになったが、鳥は器用にそれらをかわして歩いていく。


『クックコケッククク』

『なニ? ……アア、そうだナ、やハリおマエはあたまガいい』

『クックック……』


 鳥が何かを言うと、熊は、後ろ前を逆に跨がり直した。


『おマエがマエをミ、オレがうしろヲみル。こレナラ、あんゼンだ』


 鳥は無言でうなづくと、薄暗いダンジョンの通路を小走りに進んでいった。



                  ☆



「恐れながら、ダメです。猊下。それはダメです」


 全員を代表して、親衛隊長・リバが、モギナスの出鼻をくじいた。


「な、なんですか! まだ何も言ってないじゃありませんか!」


「ダメなものはダメなのです。マイセン様にもきつく言われております。叔父上が何かを思いついたという時は、絶対に言うことを聞いてはならないと」


「姪は姪、私は私です。いいからお聞きなさい」

「聞くだけでもよいのですか」

「それは……困ります」

「それでは、我々は猊下をここに置いて全員引き上げますぞ。それでもよろしいのですか?」

「うううう……それは困ります、困りますが……」


 モギナスは、ピンク色の袖口を噛んで悔しがっている。


「さあ、おとなしく戻りましょう。そのご命令ならば素直に従いますよ、猊下」

「はあ……」


 しょんぼりと肩を落とす、ピンク色のクノイチ、モギナス。

 とぼとぼとリバの後ろを歩いていたが、数分後、急に声を上げた。


「あの、私いいこと思いついたんですが! さっきと違うやつです!」

「ダメです、猊下」

「何故即答ですか! わけが分かりません! リバさん、貴方私に恨みでもあるんですか!?」

「恨まないために即却下しているのです、猊下。どうぞご理解下さい」

「キイイイイイッ! 何故私の言うことを聞いてくれないのです!?」


 リバは、はーっ、と大きなため息をついた。


「よいですか、猊下。猊下の思いつきは絶対良からぬ事態を招くのです。マイセン様の記憶上、ご幼少のみぎりから変わっておらぬとのこと。それはもう、呪いだと理解して頂いて構いません」


「そんな呪いにかかった覚えはありませんっ、やるっていったらやるんですっ!」


「ダメです。我々の命に関わります。ましてダンジョンの地下深くなど、我々のみならず、モギナス様の御身も危険になるのです。どうか、こらえて下さい」


「いーやーでーすぅぅぅぅッ!」

「ではここで失礼します」

「それも困りますぅぅぅぅッ!」

「ダメです」

「イヤです!」

「ダメったらダメです」

「絶対やるんです!」

「なら帰ります」

「それはダメ!」

「なら諦めて下さい」

「それはイヤ」


「いい加減にしてください、お二人とも!」

 ミノスが割って入ってきた。


「なんでオレまで」

 リバが口を尖らせて、副官に不平を漏らした。


「我々は、何のためにここにいるのです? お忘れになっておられるのではないですか?」


「魔王陛下の救出です」

「救出と護衛だ」


「なら私の言いたいことは分かりますね?」


「はあ」

「うむ」


「猊下の思いつきは、魔王陛下救出にどのような利点があるのですか?」


「……ありません」

「やっぱり」


「我々は何故、地下迷宮で迷子になっているんですか?」


「お人形さんたちと、はぐれてしまったからです」

「猊下の仰せのとおりだ」


「からくりたちも、はぐれたことに気付いて、我々を探しに来ているに違いありません。ですから、もう闇雲に歩くのはやめて、元の場所に戻りましょう」


「そうだな。そもそも、猊下ですよ」

「なにがです?」


「底面の大きさは決まってる、イザとなったら壁をブチ破ってでも……って仰ったのは。どこが決まってるですか。通路は際限なく長かったじゃないですか」


「知りませんよそんなの」

「だいたい、あんな遠くまで歩く前に、気付くのが普通じゃないのですか?」

「そんなこと言われましても……ミノスさんが図面を書いてましたし、異常があれば気付くかと……」

「な、なに私のせいにしてるんですか! ひどいです!」

「これは猊下が悪いです」

「キイイイイッ」


「あのー……」

 親衛隊員の一人が、おずおずと挙手をした。


「なんだ」と、隊長。


「あちらの方が……」

 隊員は、後ろにいた人物を、手で示した。

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