「み、みんなを……助けて!」
突然ゲートから飛び込んできたラミハからもたらされた報せは、想像を絶するものだった。
☆
「ドラスさん、至急親衛隊を招集、他の皆さんはロビーを封鎖して下さい」
「了解!」
ドラスや衛兵たちがバタバタと走り回る中、ロインは煤けたラミハの顔を布巾で拭ってやっていた。
「もう大丈夫よ、ラミハ。すぐお医者様も来るから」
「済みません、お嬢様……」
ドラスに座らされた椅子の上で、ぐったりとしているラミハ。
よほど疲労しているのだろう、ロインのなすがままになっている。
お供のからくり人形たちは、任務を全うしたせいか、寝転んだり体を拭いたりと、テーブルの上でくつろいでいる。
「大丈夫かな……アキラ……」
と、ロインがぽつり。
「魔王様なら、大丈夫ですよ。たぶん。クソ丈夫だから。薬師様も双子騎士様も黒騎士卿もついてるし……。でも、師匠が心配です。あの中で一番死にそうなの、師匠だから……」
そこまで言うと、ラミハは再び泣きだした。
『マスターにハ、みみガついテいル。だカラあんズるナ』
からくりガエルがティースプーンの先で、ラミハの頭をぺちぺちと叩いた。
『われワレもすグもドり、ますターのキュウじょにイく』
からくり熊が腰に手を当てて、仰け反り気味に言った。
「私も行かなきゃ……」
「何言ってるの!? あんたはここで留守番よ!! あたしも許さないし、ドラスさんだって……絶対許さないわ」
「でもお……」
「いいこと? ラミハ、この私だって留守番なのよ? 毎日毎日、私はここで、アキラの帰りを待っている」
「……お嬢様……」
「魔王は普通じゃ死なないって分かってるけど、でも絶対なんてない。もしかしたら、って気持ちと、黒騎士卿がいるから大丈夫、って気持ちが延々頭の中でケンカしつづけている。そしたら、あんたが逃げ戻ってきて……」
ロインはラミハをぎゅっと抱き締めた。
「私だって、助けに行きたいよ――。だけど、人間で、素人のあたしらじゃ、ジャマにしかなんない。……わかるでしょ?」
ラミハは嗚咽を押し殺し、小さく震えながらうなづいた。
☆
――小一時間後。
モギナスは、取り急ぎ招集した親衛隊を従えて、遺跡前に赴いた。
「ふむ……。ダンジョン外部にはまだ被害は出ていないようですねぇ」
誰に聞かせるでもなく宰相は呟いた。
彼は魔王一行のキャンプ跡を一瞥すると、二名ほどをその場に残して遺跡内へと侵入していった。
『ココかラはオレたチがアンナイすルぞ』
遺跡の最奥、ダンジョンの入り口に到着すると、からくり熊が親衛隊員の肩からポンと飛び降りて、皆に言った。
「ええ、よろしくお願いしますよ。皆様方の所まで連れて行ってくださいな」
『マカセロ』
熊はモギナスに向かって、うむ、とうなづいた。
からくり鳥に乗った熊、カエルを先頭に、ぞろぞろとダンジョンに入っていくモギナス一行。
誰もがダンジョンに不慣れなせいで、勇猛な親衛隊員が借りてきた猫の如くである。
唯一涼しい顔で歩いているのが、宰相・モギナスだった。
「お人形さんたち、たしかエレベーターはハーティノス卿が破壊したと聞いてますが、我々が降りるのは階段なのですよねえ?」
『イカニモ。えれべーターはツかエない』と、カエル。
「もちろん下には降りますが、先にエレベーターの調査をしたいので、ご案内願えますか?」
『うけタマわッタ』
『よカロう』
『クックククコココ』
一行が五分ほど歩くと、不自然に明るい場所に出た。
上方から光が差し込んでいる。
「これは……日光?」
目を細めながらモギナスが呟くと、親衛隊隊長・リバが光源の真下へと、ガチャガチャ鎧を鳴らしながら、小走りに近寄った。
リバは上を見て、次に下を見、振り返って報告をした。
「猊下、上下に穴が空いております」
モギナスはうなづいた。
「下から何かが吹きだして、天井に穴が開いてしまっております。最近出来たもののようですね。下の穴の方は……途中で崩れて埋まっております」
遅れてモギナス達も穴の側にやってきた。
『ここガえれベーターのあっタバショだ』
鳥の上から熊が言った。
「なるほど……。これはハーティノス卿の仕業ですかねぇ。話には聞いてましたが、随分とまたハデに」
「閣下の技はこんな狭い場所での使用は想定されてませんからね。加減が出来ないのも致し方ないことで」
「そうそう、そうでした。そんな人選をしたのもこの私でしたわ。まぁ、強くてヒマな人を探したら黒騎士卿になっちゃっただけなんですけどねぇ。失念してましたわ」
「ヒマな人……」
リバは苦笑した。
「少なくとも、下から魔物が湧き出さないように、という目的は、達成出来ているようですね。――今のところ」
「ここまでの道中、見慣れぬ生物はおりませんでしたが、油断は禁物です、猊下」
「ええ、ええ。分かってますよ。ハーティノス卿がここまでするような事態です。タダで済むわけなど……」
城からずっと顔色ひとつ変えなかったモギナスが、わずかに口元を歪めた。
それに気付いたのは、副隊長のミノスただ一人だった。