――――その頃、魔王城では。
「は~……、たいくつだわ……」
魔王の婚約者、ロインがぼやいた。
そろそろお茶の時間だろうか、どこかから甘い焼き菓子の香りが流れてくる。
第二次探検隊のメンバーを外された彼女は、それ以来ずっと、城と遺跡を繋ぐゲートが設置されたロビー脇で過ごしていた。
彼女は、モギナスやマイセンが止めるのも聞かず、人目もはばからずに、ゲート前にテーブルや椅子を置いてプチお茶の間を形成。
日がな一日、本を読んだり、使用人たちと盤ゲームをしたりしながら、魔王たちの帰りを待っていた。
内部の者ならともかく、さすがに来客の目に触れさせるのも問題なので、仮設のパーテーションを立てて、ゲートやテーブルを隠している。
恋しい男の無事を願う彼女の気持ちを思えば、モギナスとて、彼女をムリに動かすことも出来なかったのだ。
「同じたいくつするなら、せめてご自分のお部屋か、お茶の間にしていただけませんかねえ……」
愚痴だけは言うが、言うだけである。
モギナスから愚痴を取っては、別人になってしまうだろう。
次期王妃を城のロビーに放置するわけにもいかず、宰相モギナスも同じテーブルで仕事をしていた。ぶっちゃけ付き合いである。
「あんたは自分の執務室で仕事すればいいじゃない。べつに私に付き合うことないわよ」
ロインの憎まれ口も、今は普段の覇気もなく。
お茶の間で、モギナスに豆の殻を投げつけていた頃が、もう遠い日のようだ。
「……私だって、魔王様が心配なんですよ。貴女だけではございません。いつまででもお付き合い致します」
「モギナス……」
そこに、焼きたて菓子の香りを引き連れて、男が現れた。
「俺も、付き合っていいですか」
不似合いなコック服を着た体格のいい青年が、ロインの目の前に、スイーツ山盛りのトレーを置いた。
「――ドラス、休んでなくていいの?」
「もう十分ですよ。モギナス卿のお許しさえ頂ければ、今からでも現地に行くつもりです」
「私だって……モギナスが行かせてくれるなら……今からでも……」
待つ身の苦しさを共有する二人は、しばし無言でモギナスを見つめた。
「な、なんですかお二人して! ダメなものはダメでございますうーっ」
モギナスは、口を尖らせてそう言うと、両手でバツを作って全否定。
「ロイン嬢はともかく、なんで俺はダメなんですか」
「貴方、ご自分の体がどれだけ重傷だったか、ぜーんぜんお分かりになってないみたいですねぇ」
「でも、傷はもう塞がってますよ」
モギナスは大きくため息をついた。
「いいですか? 単純な対人戦ならいざ知らず、貴方は、毒や病気を持つ化け物共に内臓まで傷つけられたのですよ。薬師様の応急手当がなければ、無事に戻ることすらままならなかったのです。とにかく、大人しく養生なさい」
「ですが……」
己の腹を押さえながら、うつむくドラス。
「まだ痛むの?」
ロインはドラスの顔を下から覗き込んだ。
ドラスは少し首を傾げると、苦笑いをした。
「ドラスさん、なんならここで、私達と一緒に皆様の帰りを待ってもよいのですよ。私一人でロイン様のお相手をするのも大変なのです」
「なによ、いーっ」
「はあ……。まあ、俺でもよければ、ゲームのお相手ぐらいにはなるかと……」
ドラスは、ロインの向かいの席に座ろうと椅子に手を掛けた。
――と、その時。
「モギナス様あああああああああああああああああああっ!!!!!!!」
ゲートの方から、少女の絶叫が発せられた。
全員、一斉に振り向くと、そこには。
「ラミハちゃん!!」
「ラミハっ!」
「ラミハさん!」
ゲートから城のロビーに転がり込んだのは、ロインの元侍女であり、細工師の弟子であり、そして親衛隊員ドラスが身元引受人となった少女、ラミハだった。
彼女の顔は薄汚れ、腕や足のあちこちに擦り傷やあざが見てとれた。
「ぅうああああああああ~~~~~~っ」
ラミハはモギナスたちの顔を見ると、床にへたりこんだまま泣きだした。
「何があったんだ!」
ドラスが駆け寄ると、ラミハの腕の中から、からくり人形たちが飛び出した。
『もギなすドノはどコだ』
『もギなすドノはどコだ』
『コッコクククッククー』
「わ、私がモギナスですが……御用ですかな?」
ペンを置き、からくり人形たちの元にしゃがみ込むと、モギナスは語りかけた。
『ソなたニますターからテガミをあズかッタ』
そう言って、熊がヒウチからの書状をモギナスに差し出した。
「――こ、これは!」
手紙を見るなり、ただでさえ青白いモギナスの顔が、一層青くなった。
ドラスに抱き上げられたラミハは、手の甲で涙を拭って言った。
「み、みんなを……助けて!」