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第49話 地上一階 魔王城(1)弟子、帰る

 ――――その頃、魔王城では。



「は~……、たいくつだわ……」


 魔王の婚約者、ロインがぼやいた。

 そろそろお茶の時間だろうか、どこかから甘い焼き菓子の香りが流れてくる。


 第二次探検隊のメンバーを外された彼女は、それ以来ずっと、城と遺跡を繋ぐゲートが設置されたロビー脇で過ごしていた。


 彼女は、モギナスやマイセンが止めるのも聞かず、人目もはばからずに、ゲート前にテーブルや椅子を置いてプチお茶の間を形成。

 日がな一日、本を読んだり、使用人たちと盤ゲームをしたりしながら、魔王たちの帰りを待っていた。


 内部の者ならともかく、さすがに来客の目に触れさせるのも問題なので、仮設のパーテーションを立てて、ゲートやテーブルを隠している。

 恋しい男の無事を願う彼女の気持ちを思えば、モギナスとて、彼女をムリに動かすことも出来なかったのだ。


「同じたいくつするなら、せめてご自分のお部屋か、お茶の間にしていただけませんかねえ……」


 愚痴だけは言うが、言うだけである。

 モギナスから愚痴を取っては、別人になってしまうだろう。

 次期王妃を城のロビーに放置するわけにもいかず、宰相モギナスも同じテーブルで仕事をしていた。ぶっちゃけ付き合いである。


「あんたは自分の執務室で仕事すればいいじゃない。べつに私に付き合うことないわよ」


 ロインの憎まれ口も、今は普段の覇気もなく。

 お茶の間で、モギナスに豆の殻を投げつけていた頃が、もう遠い日のようだ。


「……私だって、魔王様が心配なんですよ。貴女だけではございません。いつまででもお付き合い致します」

「モギナス……」


 そこに、焼きたて菓子の香りを引き連れて、男が現れた。


「俺も、付き合っていいですか」


 不似合いなコック服を着た体格のいい青年が、ロインの目の前に、スイーツ山盛りのトレーを置いた。


「――ドラス、休んでなくていいの?」

「もう十分ですよ。モギナス卿のお許しさえ頂ければ、今からでも現地に行くつもりです」

「私だって……モギナスが行かせてくれるなら……今からでも……」


 待つ身の苦しさを共有する二人は、しばし無言でモギナスを見つめた。


「な、なんですかお二人して! ダメなものはダメでございますうーっ」

 モギナスは、口を尖らせてそう言うと、両手でバツを作って全否定。


「ロイン嬢はともかく、なんで俺はダメなんですか」

「貴方、ご自分の体がどれだけ重傷だったか、ぜーんぜんお分かりになってないみたいですねぇ」

「でも、傷はもう塞がってますよ」


 モギナスは大きくため息をついた。


「いいですか? 単純な対人戦ならいざ知らず、貴方は、毒や病気を持つ化け物共に内臓まで傷つけられたのですよ。薬師様の応急手当がなければ、無事に戻ることすらままならなかったのです。とにかく、大人しく養生なさい」


「ですが……」

 己の腹を押さえながら、うつむくドラス。


「まだ痛むの?」

 ロインはドラスの顔を下から覗き込んだ。

 ドラスは少し首を傾げると、苦笑いをした。


「ドラスさん、なんならここで、私達と一緒に皆様の帰りを待ってもよいのですよ。私一人でロイン様のお相手をするのも大変なのです」


「なによ、いーっ」


「はあ……。まあ、俺でもよければ、ゲームのお相手ぐらいにはなるかと……」


 ドラスは、ロインの向かいの席に座ろうと椅子に手を掛けた。

 ――と、その時。




「モギナス様あああああああああああああああああああっ!!!!!!!」




 ゲートの方から、少女の絶叫が発せられた。

 全員、一斉に振り向くと、そこには。


「ラミハちゃん!!」

「ラミハっ!」

「ラミハさん!」


 ゲートから城のロビーに転がり込んだのは、ロインの元侍女であり、細工師の弟子であり、そして親衛隊員ドラスが身元引受人となった少女、ラミハだった。


 彼女の顔は薄汚れ、腕や足のあちこちに擦り傷やあざが見てとれた。


「ぅうああああああああ~~~~~~っ」

 ラミハはモギナスたちの顔を見ると、床にへたりこんだまま泣きだした。


「何があったんだ!」

 ドラスが駆け寄ると、ラミハの腕の中から、からくり人形たちが飛び出した。


『もギなすドノはどコだ』

『もギなすドノはどコだ』

『コッコクククッククー』


「わ、私がモギナスですが……御用ですかな?」

 ペンを置き、からくり人形たちの元にしゃがみ込むと、モギナスは語りかけた。


『ソなたニますターからテガミをあズかッタ』

 そう言って、熊がヒウチからの書状をモギナスに差し出した。


「――こ、これは!」

 手紙を見るなり、ただでさえ青白いモギナスの顔が、一層青くなった。


 ドラスに抱き上げられたラミハは、手の甲で涙を拭って言った。


「み、みんなを……助けて!」

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