「見違えたぞ、セバスチャン殿!」
黒騎士が腰に手を当て、満足そうに幽霊執事を眺めている。
「ありがとうございます、黒騎士卿」
「あ、まだ動いたらダメじゃよ。バンドを止めている最中なんじゃからな」
お辞儀をしようとする幽霊執事を見上げて、細工師が制した。
幽霊執事のセバスチャンを仲間に加えた一行は、さらなる戦力強化のため、霊廟の片隅で、彼の霊体にあれこれ手を加えていた。
現状では、気味悪くない程度にちゃんとした立体映像のようなものの、触れることも触れられることも出来ないのだ。
「長いこと放置されていた割には、ずいぶんと霊力が強く残っているものねえ」
感心半分呆れ半分、腕組みをしながら吸血鬼が言った。
「お褒めに預かりありがとうございます、お嬢様。私以外にも霊体として残っている者が複数おりましたので、あの鉱石のおかげやもしれませぬ」
全身を、細工師に手当てされながら、幽霊執事が答えた。
「どうだ、名人」
「いい案配ですじゃ、黒騎士卿」
「ほう、それは良かった」
「この階層は鉱石が潤沢で、ワシの魔導具に追加で盛りまくればパワーマシマシ状態じゃ。こいつをセバスチャン殿に装備してもらえば、攻撃力アップだけでなく、彼の霊体もほらご覧のとおり、芸術的なまでに実体化しておるわい。はっはっは」
「ええ……すばらしいわ、名人。いくら鉱石のおかげで現世に留まれたのだとしても、霊体から再構築してコレ、なのだから、ああもう、名人の技術って本当にすばらしいわ。もうホントにすばらしい」
「ようわからんが、褒めちぎっても差し上げるものはないですぞ」
とは言いつつ、細工師はまんざらでもない。
霊体とは精神エネルギー体の一種であるが、魔力の源として用いられるエネルギー鉱石をして霊体を強化することは、この世界の法則上とても利に適っているのだと、魔王は細工師から説明を受けた。
しかし魔王の足りない頭では、鉱石が幽霊を実体化させる電池のようなもの、と認識するのがやっとだった。
「それもそうだが、彼自身の意志の強さこそ讃えられるべきではないのか?」と、黒騎士。
「確かにそうじゃな」
「異論はないわ。アンデッドの中でもこんなに純粋で力強い者にはそうそうお目にかかれるものじゃないしね」
「死してもなお、主人を護り仕える、強く高貴な騎士魂。このハーティノス、感服致した」
「セバスチャン殿の崇高なる意志あってこそ、魔導具も応じるというものじゃ」
三人三様に幽霊執事を褒めちぎった。
「私はただ、意志ある限り、己の務めを果たしているのみでございます。それに、私は皆様をお救いすることが出来なかった……。それが口惜しいのでございます」
項垂れるセバスチャン。
「もっと早く俺らが来ていれば……。済まなかった、セバ」
「魔王陛下、勿体無き御言葉にございます。ですが私を含め、霊廟に居残った御霊をお救い下さったではございませんか」
「そうだけどさ……」
「こうして皆様のお力で、新たな名と体を頂き、主人の無念を晴らす機会をお与え下さったこと、このセバスチャン、感謝してもし切れませぬ」
「うん……そうだな。仇討ち、しないとな」
魔王は少し寂しそうに、呟いた。
☆
「さて……この階層も残す所は、あの卵密集地域か」
魔王が、黒騎士の書き込んだ見取り図を片手に呟いた。
「セバスチャン殿の準備も整ったことだし、そろそろ向かうとするか」
黒騎士が言うと、吸血鬼がおずおずと手を挙げた。
「あの……ハーティノスぅ……」
「どうしたんだ」
「やっぱり私……ここでお暇してもいいかしら……」
「何故だ?」
「私、あそこには行きたくない……」
吸血鬼は自らの体を抱くと、ぶるぶるっと震えた。
「ああ、なるほど」
先刻、眷属を使った偵察の際、彼女が恐慌をきたすほどの取り乱し様だったことを思い出した。
黒騎士に惚れている彼女が同行を拒否するのだから、相当苦手なのだろう。
いくら彼女がアンデッドだとはいえ、必ずしもグロ耐性が高いとは限らない。能力の高い低いに関わらず、生理的にダメなものはどうしようもないのだ。
「ごめんなさい、ハーティノス。もうちょっと貴方のお役に立ちたかったのだけど、……やっぱり限界だわ」
「いや、十分な働きをしてくれた。礼を言うぞ」
「そのかわり、上に避難した幽霊たちや他の住人の避難は任せて」
「うむ」
「ラシーカさんよ」
「はい、魔王陛下」
「いずれ城からの増援が来るだろうから、途中で出くわしたら、ここから出ていくように伝えてくれ。万一のこともある」
「……はい、かしこまりました」
吸血鬼の表情が暗くなった。
「私のことなら案ずるな。アキラを無事連れて帰る使命がある。この場で朽ちるつもりは毛頭ない。……後のことは頼んだぞ、ラシーカ」
「ハーティノス!」
吸血鬼は黒騎士にすがって泣いた。
そんな彼女の背を、黒騎士はやさしく撫でてやった。