「ぎゃあああああああ――――ッ、おおお、オバケだあ!!!」
魔王は腰を抜かしながら、石室の一角を指差して叫んだ。
☆
話は少々さかのぼる。
「ハーさんよ、北東の密集地帯以外はこれで大体焼けたかな?」
「そうだな。あとは、念のため空の部屋を回るぐらいだな。偵察に行ったあとに何かが入りこんでいるかもしれぬ」
順繰りに空き部屋を回っていくと、霊廟のような場所にたどり着いた。
「なんだここは……。薄気味悪いな……」
魔王がつぶやいた。
部屋というには広い、体育館ぐらいのその場所は、朽ちかけた石棺様の箱が規則正しく並べられており、壁際には禍々しい彫刻が点々と据えられている。
奥には、やや高くなったステージ状の床があり、その上には祭壇の残骸と思しきがらくたが転がっていた。
地下九階は上層階よりも天井がやや高く作られており、魔王が壁伝いに視線を上に向けていくと、何かの骨を使った不気味なオブジェで埋め尽くされていた。
「ひいぃッ、こ、ここは、お墓か!?」
「そうですわよ、陛下。もっとも、あまりにも古すぎて、今となっては誰の墓なのか分からないのだけど……」吸血鬼が答えた。
『我々の墓にございます、魔王陛下……』
「ぎゃあああああああ――――ッ、おおお、オバケだあ!!!」
「「でたああああ!!!!」」
魔王は腰を抜かし、双子は抱き合って絶叫した。
「おお、これは……幽霊ですかの? 上層ではあまり見かけないですじゃ」
興味津々のヒウチ。
頭上をふわふわ、すいすいとたゆたう、半透明の人物たちをじっと観察している。
『陛下、お助け下さい……魔王陛下……』
幽霊の一人が、再び魔王に声をかけた。
さきほどは白いひとがたのもやの塊だったのが、徐々にその造型を詳細に浮かび上がらせていく。
丁寧に埋葬されているだけあって、身なりはきちんとしているようだ。
しかし、ふわふわとした幽霊状態なので、職業までは見て取れない。
年の頃は初老ぐらい、品のいい男性の幽霊だった。
「あばば、あばばばば……」
「アキラよ、しっかりしろ。ただの幽霊だ。害意はなさそうだぞ」
石床にへたり込んだ魔王に、あきれ顔で手を差し伸べる黒騎士。
『お助け下さい……お助けを……』
「何から救えばよいのだ?」
薬師が訊ねた。
「そなたらは幽霊なのだから、この中を徘徊している異界の化け物から襲われることもないのでは?」
黒騎士が、誰もが思う疑問を幽霊に投げかけた。
幽霊は、ふう、と大きなため息をついた。
『アレに……我々の仲間や主人、そのご家族が食われたのでございます……』
「な、なんだって!?」
黒騎士が叫んだ。
「幽霊が食べられちゃうなんて……そんなことありうるんですか……」
サリブが姉にしがみつきながら、こわごわ尋ねた。
『本当です……助けてください……』
「たしかに、魔物の中には幽霊を取り込むものもいるけれど、あんなタコみたいのが幽霊を食べるなんてにわかに信じられないわ。だって、死者も生者も食べるような雑食の生き物なんて、千数百年も生きてきたけど聞いたことないもの」
吸血鬼が腕組みをし、首を傾げながら言った。
『やつらは手当たり次第に生者も亡者も食い荒らしていましたが、さすがに亡者は栄養が少ないのか、生者を求めて上層へ上層へと移動していきました』
「ああ……やっぱそうなのね」と、吸血鬼。
『それでも、見つかれば食われてしまいますので、我々はこうして物陰に身を潜め、やつらがいなくなるのを待っていたのです……』
「俺たちは上の方から順次奴らを処理してきたが、連中はまだ相当数いるだろう。とりあえず、北東の密集地帯以外の卵は全て焼き払った」と、黒騎士。
『どうか……お助けを……我々に安らかな眠りをお与え下さいませ……』
幽霊たちは、魔王一行の上を力なく、ぐるぐると泳ぎ回った。
「おい、アキラ。何とか言ってやれ」
「で、でもお……」
黒騎士に促されるも、幽霊が怖いのか魔王は彼のマントの後ろに隠れてしまった。
「情けない奴め」
「お、俺の国じゃ幽霊なんて、いることはいるが、そうそう見えるもんじゃないんだよ。しかも、こんなにはっきりとなんて……」
「そうなのか。……だが、彼等はお前を頼りにしている。亡者とはいえ元は我が国の臣民に代りはない。王たるお前の、その逃げ腰の態度はいかがなものか」
「ご、ごめんなさい。なんとかしてあげたいが……」
黒騎士は、はあ、と大きなため息をつくと、幽霊たちに向かって言った。
「案ずるな。陛下は貴公らに安寧を約束すると仰せである。これより我々は敵討伐に向かうが、可能であればしばらく上層へ避難されるがよい。できるだけ上に、な」
幽霊たちは、ひとかたまりになり、ボソボソと相談すると、一体を残してすうっと天井から上へと消えていった。
「あれ? 貴方は逃げなくていいの?」と、魔王。
多少は幽霊になれたのか、黒騎士の背中から顔を覗かせている。
『はい、陛下。私はあの方々にお仕えしておりました執事にございます。墓所の行く末を、どうか見届けさせて頂きたく……』
「お、お名前は?」
『名など、とうに忘れてしまいました……申し訳ございません、陛下』
「じゃあ、俺がつけてもいいかい? 幽霊さん、じゃあなんか失礼だし」
『ああ、なんと身に余る栄誉。この私が魔王陛下より直々に名を賜るとは、……ご当主に申し訳ない……ああ……』
魔王は少々照れくさそうに鼻の下を指の背でこすると、腕組みをして思案した。
「それじゃあ、貴方は今日から『セバスチャン』だ!」
「有り難き幸せ。――これでよろしいですかな? 陛下」
セバスチャンと呼ばれた幽霊は深々と礼をすると、その身の密度を更に上げ、人と見紛うほどの色彩と明瞭さを得た。
「あは。怖がってたの、バレてたか。よろしくな、セバ」
「お供させて頂きます、陛下」
ロマンスグレーのダンディな中年男が、そこにあった。