鉱石に卵を産み付けられたと聞いて、竜神・ルパナの表情が歪んだ。
普段は無表情な彼女がここまで嫌悪感をあらわにするのは尋常ではない。
「なにか……すごくヤバいことなのか?」
魔王が訊ねた。
「もしあれを苗床に選んだ生き物なのだとしたら、――この世のものではない可能性が極めて高い」
皆が息を呑んだ。
「異界の生物が世に放たれたら……」
「放たれたら?」
「全てを喰らい尽くしたのち、この世が異界になる」
「じょ、冗談……だろ」
それが冗談ではないことは、彼女の様子を目の当たりにした誰もが、露程も疑ってはいない。
晶の問いは問いではなく、その極めて確度の高い、絶望的な情報を信じたくなかっただけの、つぶやきだった。
「何を絶望しているのだ? 私はお前たちに望みを捨てよと言ったつもりはないぞ」
「……え?」
ルパナは身の丈よりも長い杖を、カツーン、と一度、石床に叩きつけた。
「妾は竜神。父に勝るとも劣らぬ。彼奴等が溢れ出す前に、全て焼き尽くしてくれるわ」
おお、と感嘆の声があがる。
「ただし、お主等を巻き込まぬ自信はない。ここから先、ついてくるなら己が身は己で守れ。――一度は警告はしたぞ」
☆
結局、竜神が折れる格好で、先刻魔王が塞いだ穴から、全員で地下九階に侵入することとなった。
「よーし、全員いるか?」
魔王がPTの確認を始めた。
「ひい、ふう、みい……ろく、なな、はち。よし、全員いるな?」
「あれ? アキラちょっとまて。数が合わないぞ」
「え? ……七人、か。なんで一人多かった? まあ、いいや。俺の数え間違いだろう。さて、一刻も早く卵を産み散らかしてる野郎をぶっ叩くか、残ってる卵と未確認生物を殲滅しながら行くか。どうする?」
「効率を考えれば、手分けをするのが良さそうですが、相手の戦力が未知数なので……ちょっとバラけるのは怖いですね、陛下」と、サリブ。
「母体の殲滅なら妾だけで十分だ。御主等は卵の処理でもしていればどうだ?」
「それじゃあ、いつ迷宮内がオーブンになるかわからんだろが。却下」
「むう」
「取りこぼした奴が、勝手に上に上がったら大変なことになるかもしれません。私も全滅させた方がいいと思います、閣下」
「名人はどう思われるか」と、黒騎士。
「仮に、卵が炎に弱いのであれば、ワシも一働きさせて頂けると思うのじゃが」
「というと?」
「炎をまき散らす武器を持参しております。動いたり、反撃する相手には使えませぬが、生えてるだけのものならば無敵ですじゃ」
「おお……火炎放射器か。すげえ」と、魔王。
「陛下のお国にも似たようなものが?」
「ああ。男の子なら、誰でもあこがれる武器の一つさ。いいなあ~。俺も使いたい」
「アキラは魔法の練習をしろ」
「ハーさん、きびしい……」
「ラシーカ、いま一度、眷属を貸してくれ。再度卵の正確な位置を確認したい」
「分かったわ。でも……」
「ん?」
「……マントで、隠してくれない?」
黒騎士は真っ赤になった。
☆
一行は、最寄りの卵で実験を行った。
ヒウチの火炎放射器の試し撃ちを兼ねて。
「おお……まるで蝋細工のようにトロトロと溶けていくわい」
ドワーフの細工師は、楽しそうに卵を焼いている。
好奇心が強く、無邪気なところが、この男のチャームポイントのようである。
「おお……なんか気持ちいいな。じゃ、俺もいきまーす」
続いて魔王が指の先から炎を出した。
『ポンッ』
覚えたての頃、先代魔王の顔にぶつけた、あのファイアボールが飛び出した。
「ありゃ……。まだ、玉状のを単発でしか出せねえか……」
「魔力は潤沢なのだし、どんどん連射すればいいではないか。よどみなく水のように吐き出す必要はないぞ、アキラ」
「それもそうか。アドバイスさんきゅーな。ハーさん」
「構わん」
魔王は投球マシーンよろしく、火の玉をぽんぽん撃ち始めた。
「おほ♥ なんか、たーのしー★ これ、いけそうじゃん」
「なんかかわいいな」
「これ、暗いとこで見たら良さそうだね、姉様」
何故か双子にも人気である。
人魂のように燃えておらず、キレイな球形をしているせいだろう。
「ちょ、ちょっと……そろそろ止められた方がよろしいのでは、陛下」
ラシーカが魔王に声をかけた。
「いや、いま調子乗ってきたとこだから、もうちょっと」
ポコポコと火球を量産している様は、まるで魚の産卵のようである。
「あの……でも、陛下」
「……なんか、息苦しい……」
「そうだね、姉様……ううん……」
「おいアキラ、聞いてるか?」
黒騎士までが不安そうに魔王に声をかける。
「……んだよ、いいとこなのに!」
「いいから周りを見ろ」
「へ?」
魔王が魔法をストップして見回すと、PTは360度ぐるっと火に囲まれていた。
「うっは……ご、ごめんなさい!」
「調子に乗るからだ。こんな場所で火を使いすぎれば、窒息死するか焼け死ぬぞ」
黒騎士はムスっとしながら、水魔法で消火を始めた。