ラシーカの眷属を使用して行われた、黒騎士による地下九階内部の偵察は、多大な情報を得る結果となった。
そもそも、元軍人である彼の偵察と、ひきこもり貴族の偵察とでは、同じ視覚を使用したとしても、収集する情報量が違うのは言うまでもなく、さらに階層全域までくまなく調査した諜報能力は、現在のPT内随一であろう。
ここにドラスがいれば、さらに詳細な調査も出来たろうが、あいにくコウモリの飼い主たるラシーカの全面的協力が得られたかどうか、その点が未知数である。
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「とりあえず、現地情報はこれで大体いいだろう」
調査結果を余すことなく、迷宮の図面に書き込んだ黒騎士は、筆記具をヒウチに返し、図面はマッパーであるサリブに渡した。
「さっきアキラが復旧した穴がこのあたり。ここは現状では比較的安全な場所だ。というのも、その手前の産卵地域から孵化した一団が餌を食らいつくし、八階に移動した後だと思われる」
「なるほど……。確かにそこからなら、ラシーカも階下に降りられそうだ」
「閣下の情報によれば、現在浸食されているのは、この北東部分。全体の約四分の一の面積を占めているわけですね」
サリブは、図面の斜線で囲まれた部分を指差した。
「ああ。その奥に地下十階への階段があると思われるが、途中で眷属がやられてしまい、詳しい情報は得られなかった」
「うっわ……、最悪なパターンだな。実際行ってみないと分からないってか」
「そのようね、陛下。場合によっては、自力で穴をあけて、地下十階に行った方がいいかもしれないわ……。私のかわいい眷属が通り抜けられないなんて、尋常じゃないもの」
「しんどい状況じゃのう……」
ヒウチは丁寧に編み込まれた自慢のヒゲを撫で付けた。
黒騎士が説明を再開した。
「怪物の餌食になったのか、元からいたと思しき生物はほとんどいなかった。見つかったのは、喰い散らかされた残骸ばかりで、まだ上の階の方がマシなぐらいだ」
「いきなり上にあがって来なかったのは、幼生体だったからか、食い物が枯渇していなかったからなのか……」と、魔王。
「恐らくそんなところだ。だが、あの膨大な数の卵が全て孵化したら、餌が足りなくなるのは確実、地上に吹き出して手当たり次第に食い尽くすだろう」
「うわ……」
ウリブは顔をしかめた。
「このダンジョンの生物を平気で殺して食べるぐらいの異生物なら、地上の生物はひとたまりもないでしょう。やはり殲滅するしかありませんよね、閣下」
サリブは静かに闘志を燃やした。
「じゃが……。どこから沸いたのかもわからんような連中を、我々の常識で測ってもいいものか。外に出したら死滅する生物やもしれんし、無害になったり、何かの材料になる有益な生物やもしれん。……錬金術師にでも調べてもらわねば分からんことじゃが、新素材なら興味がある」
名人、なんかマッドサイエンティストみたいな考え方だな、と晶は思ったが、マッドサイエンティストの説明から始めなければならないので、口にするのは思いとどまった。
「そんな悠長な。私のお部屋が溶かされたらどうするおつもりなのよ、名人。あんな不気味ないきものは消去よ! 消去!」
「ところで黒騎士卿、下には何か鉱石のようなものは見当たらなかったですかの」
「ああ……そういえば」
黒騎士は、ふむ……と、あごに手を添えると、記憶を呼び戻していた。
「あれは……そう。卵やその残骸が多い場所に、大きな鉱石が生えていた……気がする。もしかしたら……これは俺の憶測だが、あいつらは、鉱石からなにか吸っているのかもしれない。あくまでも、俺の素人考えだ」
「それは、あり得るな」
しばらく黙っていた竜神が口を開いた。
「だとしたら、なおのこと放ってはおけまい」
ルパナの可愛らしい少女の顔が、今は苦渋の表情でゆがんでいた。