魔王は、ラシーカに新しい使用人の斡旋を条件に、PTに加わってもらうことにした。どのみちこのままでは安心して住むことも出来ないので……というのは建前で、ハーティノスに同行したいから、とお安い条件を呑んだのはミエミエだった。
一行は、ラシーカの居室で休憩し、体勢を立て直すことにした。
☆
「いやー、それにしてもすごいお部屋だなあ」
晶は感嘆した。
「いえいえ、元の屋敷に比べれば粗末なものでございますよ、陛下」
ラシーカはまんざらでもない。
「こんな深い階層で休憩出来るなんて、ホントに助かるよ。ありがとう」
「いえ、放棄された遺跡だとばかり思って、勝手に住み着いてしまい申し訳ございません。従者がおりませんので大したおもてなしも出来ませんが、どうぞごゆるりとおくつろぎを」
チラと黒騎士を見るラシーカ。
だが黒騎士は先刻より極力彼女と目を合わせないようにしている。
「安心なさいな、ハーティノス。ここで貴方を喰らったり、はしたないマネはいたしません。それより、貴方ずいぶん汚れているわ。浴室でお湯でも浴びなさい」
「……気遣い、感謝する」
下を向いたまま、黒騎士は応えた。
「すげえな、お湯出るんだ」
「お湯だけではございませんのよ、陛下。火も水も氷も、そして生き血も。何でもあって不自由はございませんわ。おほほ」
「「「「「生き血!?」」」」」
一行はそのおぞましい単語に恐怖した。
「ええ。皆さんご覧になって。この小樽、水と塩を入れるだけで、一晩待てば血に変わる魔導具なんですのよ。これなら地下に引きこもっても困らない。便利でしょう?」
「なーんだ。人造血液か~。おどかすなよビッチ」
「びっくりして損したよ、姉様」
ラシーカは、双子の罵倒を露程気にもせず、テーブルに置かれた、高さ三十㌢ほどの小さな樽を掲げて見せた。
樽には魔導機関と思しきギミックがくっついており、不思議な力で水を作り替えているのだろう。
「すげえ……。どうなってんだ」
魔王は感嘆した。
「ほう、これは珍しいですな。需要が少ないのであまり造られないのじゃが、まだ新しい。どちらで造らせなさったのかの」
「貴方は?」
ラシーカは、やや怪訝な顔で訊ねた。
「ワシはこの近くの森に庵を持つ細工師のヒウチじゃ。この迷宮には日常的に素材集めのため潜っておる」
「貴方があの名工、ヒウチ師か。噂はかねがね伺っているわ。――そう、この小樽は、城下で工房をやっている……」
ラシーカとヒウチの職人談義は盛り上がり、小一時間ほど続いた。
☆
「おーい、そろそろ出かけねえか?」
身支度を調えた魔王が、話し込んでいる二人に声をかけた。
「あー、ごめんなさいねえ、ちょっと待ってえ」
……と言って、ラシーカが自室に入ってから、更に小一時間。
コンコン。
魔王がドアをノックした。
「まだ、でございますかお嬢様?」
中から即返答があった。
「まだよ。メイクが終わってないわ」
「メイクって……」
魔王は黒騎士を手招きした。
「なんだ、アキラ。俺をダシにするならかんべんだぞ」
ひどく渋い顔をしている黒騎士。
「だけど急がないと、あいつらがどんどん上にあがってくぞ?」
「それはそうだが……」
ぐずぐずと、部屋を開けない言い訳をする黒騎士。
そこに脇からルパナが頭を突っ込んできた。
「開けられないのか?」
「いやー、そういうわけじゃねーけども……。なるべく穏便かつ速やかに出て来てもらいたいので困ってんだよな」
「……それは困った」
穏便に退出させるつもりはなかったらしい。
「やっぱここはハーさんに凸ってもらうしかねーな」
魔王は黒騎士に、にじり寄った。
「凸るってなに。俺困るから。やめ、やめろっ」
「お国のためだ。黒騎士卿!」
「アキラ、てめえ!」
と言いつつ、涙目の黒騎士卿。本気でラシーカが苦手のようだ。
「閣下、ここは我等が」と、サリブ。
「え? 何をする気だお前達」
「うらああああああああッ!!」
ドカッ!!
ウリブがシャウトとともに、ラシーカの部屋のドアを景気良く蹴り開けた。
「キャ――――ッ!!!!」
室内には、下着姿のラシーカが。
「何がキャーじゃ、クソババア! さっさと出てきやがれ!」
「まだ服着てなかったんですか、このビッチは!」
「で、出てってよ! まだ服が決まらないんだから!」
ドレスを胸に当てて豊満ボディを必死に隠すラシーカ。
魔力でドアをバタンと閉めた。
「やっぱハーさんじゃねえとダメだろ、コレ」
「俺にどうしろと……」
魔王は口の端を上げ、黒騎士に告げた。
「貴殿は、餌になるのだ。黒騎士卿。イエスかはいで答えろ」
「拒否権は……ないんだな?」
黒騎士はがっくりと肩を落とした。