黒騎士たちがキャンプを出て、しばらく経つと、轟音とともに迷宮全体が揺れた。
「お、おお……、ハーさんやったのか……」
「そのようですね、陛下」と、ウリブ。
「閣下がエレベーターを破壊したのでしょう」と、サリブ。
「たのむぞ、ラミハ。生きて城までたどり着いてくれ……」
魔王は、ラミハとからくり人形たちの無事を祈った。
ヒマを持てあました双子騎士たちは、たまに穴から出てくる敵を殲滅したり、死骸を集めたりしていたが、それに飽きるとキャンプに使用している部屋から外に出て、近くの敵を掃除しつつ元上司の帰りを待っている。
『だいじょうぶニャン。ラミちゃんなら、地上階の敵ぐらい倒せるはずニャン』
「そうか?」
『むしろ心配なのは、兄弟たちの方ニャン……。ラミちゃんの足を引っぱらないでくれればいいんニャけど……』
鍵開け猫は不安そうに天井を見上げた。
☆
黒騎士とヒウチ名人の合流後、一行は地下七階の探索を切り上げ、地下八階へと降りていった。七階の探索そのものは六割方済んでおり、本命のエネルギー鉱石が更に下層にあるとすれば、打ち切っても左程支障はない。
むしろ未確認生物の調査の方が重要だ。
「あの大穴、塞いだけど大丈夫かな。俺の土魔法、あんま自信ないからなあ」
階段を降りながら晶がぼやいた。
「だいじょうぶ。上から火であぶって溶かしてあるから。すぐには出てこられない」
めずらしくルパナが魔王を元気づけるような口ぶりで言った。
モグラ叩きに飽きた双子がキャンプの周囲の掃除に出かけた後、ルパナは魔王を指導して、穴を塞いだ。
PTで土系魔法が使えるのは魔王だけ、しかし彼のレベルは実質値で0.001。そこで魔王は何回も何回も魔法を重ね掛けして盛り土をし、その上からルパナがドラゴンブレスで溶かして、ようよう穴を密閉したのだった。
「うああッ!!」
「姉様!!」
先頭を歩いていたウリブが、落とし穴に嵌まってしまった。
「くっそッ」
咄嗟にへりに捕まったが、片手が武器で埋まっている。
ウリブはよじ登ろうと、足を石壁のわずかな突起に掛けようとするが、なかなか上手くいかない。
「動かないで姉様、いま引き上げるから」
「お前の手は借りない! 自力で上がるからほっといてくれ」
「まだ子供みたいなこと言って。いい加減にしなよ。あんたのせいで足止めされて、ここで敵に襲われたらどうする気だよ。私達は仕事で来てんだから、ちゃんとやれ」
「ちッ……わかったよ」
ウリブはもがくのをやめると、大人しくサリブと黒騎士に引き上げられ、釣られた魚のようにぶらりと揺れていた。
「ウーちゃん、もうちょいだ。がんばれ」
穴の上から覗き込んでいた魔王が声をかけた。――が。
「まずい!! 触手だ!!」
穴の中から、男の太股ほどもある触手が飛び出して、ウリブの足に絡みついた。
「ううううあああああああッ!!!!」
突然ウリブが猛烈なうなり声を上げると、尻尾が二回りほど太く、長くなり、その先から幾本もの長い棘が突きだした。
「陛下、避けてッ」
サリブにいきなり回し蹴りを喰らった魔王は、後方に弾き飛ばされた。
――ブンッ、ズシャアッ。ブシュッ。
ウリブは尻尾を振り回し、先に生えた鋭利な棘で、体に巻き付いた触手を突き刺し、引っ掻き、皮を、肉を抉った。軟体生物のような外皮は破られて、体液と筋肉と思しきものが見える。
一瞬、悲鳴とも呼吸音ともつかないような鳴き声がしたかと思うと、穴の中からさらに触手が二本。だがそれらはサリブが一瞬で切り落とした。
ウリブが完全に石畳の上へ引き上げられると、黒騎士は彼等の前に出た。
「焼くぞ。下がりなさい」
双子は無言で彼の後ろに退くと、黒騎士は片方の手のひらを穴に向けた。
彼の腕は燐光をまとい、その数は徐々に増えていった。
その間にも、ジュルジュルと水っぽい音を立てながら、奴らが這い上がってくる。
「あんまり深く焼かないでくれよ」
魔王が心配して声をかける。
「加減する」
その台詞を合図に、黒騎士の手のひらから、太いビームではなく、シャワー状に光線が放たれた。降り注いだ光はジュワッという音とともに、穴の内側に張り付いた敵を蒸発させた。
その後、腐敗した動物が焼け焦げたような、不快な匂いが立ち上ってきた。
「うえっ……」
ウリブが思わず口元を覆った。
「大丈夫か、姉様。まともに吸ってしまったんだな」
「ううう……」
「アキラ、穴を塞げ」
薬師が魔王に命じた。
「えっ? またやるのかよ」
「練習だ。何度もやれば、一人で城とて建てられる。さあ」
「わ、わかったよう。やるってば」
晶は渋々杖を構え、その先からチューブから絞り出すように、ひも状の粘土を生み出していった。
「そうそう。網のように。何本も何本も渡す」
「これ結構疲れるんだよなあ。いくらでも出てくるのはいいんだけどさ……」
「お菓子つくる時みたく。どんどんやる。どんどん」
「へいへい……」
杖を振るうたび、マヨネーズのように吹き出す粘土。
二人以外のPTメンバーは、初めて見るその光景に苦笑せざるを得なかった。