自国が管理している施設だからと、ここまで見知った敵ばかりだからと、全員に油断があったのだろう。
見知らぬ敵の出現にPTは震撼した。
『このまま探索を続けていいのだろうか』
皆、口にはしなかったが、困惑した顔には、そう書かれてあった。
――魔王と薬師を除いて。
魔王は、異邦人で元一般市民。
空想上の産物としてファンタジー世界の住人をいくばくか知るのみで、事態の深刻さを実感するに足る知識はない。
薬師は、見た目こそウサギのような獣人だが、中身は千年紀を十も数えるほど太古の時代から、王都に住まう竜神である。
神目線では、多少の異物混入など些細なことなのだろう。
何かあれば自分が全て片付けるつもりなのかもしれない。
迷いのあるまま探索を続けては、怪我人、死人が出てしまう。
ここは何であれ、方針を決めた方がいいのでは。
「みんな、ちょっといいかな」
晶は皆に声をかけると、立ち止まった。
「どうかしたのか、アキラ」
「俺には正直分からないことだけど、みんなの不安は伝わっている」
「あの、タコのような生物のことか」
「不安でもやもやしたまま探索を続けても、事故が起こるだけだ」
「我々は陛下に従うのみです!」
「姉様と同じです」
「君たちの勇ましさと忠誠心、有り難いと思ってる。
でもな、迷いで腹の中がスッキリしねえ状態では、何かと判断を誤ったり、怪我人が出たりするから、そういうのよそうって提案をこれからするとこなんだよ」
「陛下の思慮深さ、私感服致しました。出過ぎたことを申しましたこと、お詫び致します」
双子の姉が謝罪した。
「いいんだよ。ただ俺は、身内に怪我人を出したくないだけだからよ。
それでな、一旦出直して魔物に詳しい人でも連れて来るか、危ないけど、とにかく下に行ってエネルギー鉱石を見つけて持ち帰るか、決めたいと思う。
ちなみに俺は、目的が明確になるならどちらでも構わない。
他に提案があるなら言ってくれ」
「俺は鉱石を探す方を選ぶ」
「私は閣下に従います」
「私もです」
「ワシも下へ行こう。見たことのないモンスターがいると聞いては、行かずにはおられんわい。ふっふっふ」
「私は師匠と一緒ならどこでも行きます」
「ニャンコはどう思う?」
『家主様、意見を聞いて下さって光栄だニャン。……僕も深い階層には行ったことがないから、分からないニャン。危なくないと言えばウソになるけど、こんな立派なメンバーなら、きっと大丈夫ニャン』
ミミは胸を張って言った。
「ルパナは?」
「……すごくイヤな予感がする。でも、行かなければいけない気もする。
あまりに危険なら、その先は、私一人で行く」
「一人で行かせるかよ」
「黙れ魔王。行かせられないのはお前たちの方。
お前たちが死んだら、私がモギナスやパパに怒られる。
私が帰れと言ったら帰れ。それが守れるなら、ついてきていい」
魔王たちは顔を見合わせた。
「じゃ、じゃあ、行けるとこまでみんなで行く。そんでいいか?」
薬師と魔王以外の全員がうなずいた。
☆
地下七階を探索していると、見慣れたモンスターとともに、件のタコモンスターなど未見のモンスターが、ちらほら混ざり出した。
未知の連中と通路であまり遭遇しなかったのは、彼等の沸いている区画が、調査している場所から離れていたからと分かった。
「なんだここは……」
比較的大きめの広間に入った時、一行は異様な光景を目の当たりにした。
そこには、まだ新しい大量のモンスターの死骸があったのだ。
あまりの凄惨さに、魔王とラミハは気分が悪くなった。
「争った形跡があるな……」
「閣下あれを」
サリブが指し示した先に、食いちぎられた新種モンスターの体の一部が散乱していた。
「人型モンスターまで混ざってると、グロさに輪がかかるな」
異臭に顔をしかめながら、魔王はマントで口元を覆った。
「これまでの階層では、モンスター同士がここまで派手に食い合う様を見たことがない……。しかし、我々の目の前のコレから想像するに、我々だけでなく、このダンジョンの先住者にとっても、新型は脅威だと思われる」
修羅場に慣れているからか、黒騎士は涼しい顔で言った。
「閣下、ここを見て下さい」
ウリブが部屋の隅で何かを見つけた。
皆で近寄るとそこには――。
「なんだこれは……。床が、溶けている」
離れて見るとゴミか汚れのように見えたものが、実は石造りの床が溶解液のようなものでドロドロに溶けて、黒い穴が開いていたのだ。
「もしかして、あのタコ共はここから来たんじゃ……」
三人とも青い顔で穴を覗き込んでいる。
彼等から見ても、明かに異常事態のようだ。
「ちょっといいかの」
ヒウチが道具箱から魔導具を取り出し、穴に近寄った。
「どうされるのか、名人」
「これで分かるかどうかは保証出来んが、溶かしたものが何なのか、調べてみようと思うのじゃ」
「なるほど、だが急に敵が飛び出してくるかも知れませぬ。これは異常事態だ。あまり近寄らないように願います、名人」
「うむ。ラミハよ、灯りを持ってきてくれんか」
「はい師匠」
「ラミハ嬢よ、穴の中を直接照らさぬようにな。光に反応して襲われるかもしれん」
「わかりました、黒騎士卿」
――ごくり。
またさっきのように、触手に襲われたらどうしよう。
ラミハの恐怖が蘇った。
――だけど今はみんながいる。大丈夫。きっと。
ラミハはランタンでヒウチの手元を慎重に照らした。