「うーん……。この階どんだけ広いんだあ?」
魔王がぼやいた。
城から持ってきた古い図面では、痛みが激しくこの階の詳細はほとんど分からない。そのため、大まかな広さを把握するため、なるべく一方向に進んでいたのだが。
「確かにちょっと、これまでの階よりすごく広いカンジですよね、魔王様」
「つか……広すぎんだろ」
「あまりに広い場合は、どこかにベースキャンプを設置するべきだろうか」
「俺にはわからん。判断はハーさんに任せる」
「うむ」
それから十分後――。
「長い。長い長い長い。どーなってんだよ!」
「魔王様ぁ、さすがに、ちょっと疲れてきたかも……」
『ラミちゃん、ファイトだよ♪』
鍵開け猫のミミがリュートを鳴らして激励している。
「姉様、この廊下、何かおかしくないか?」
「しらない」
ウリブは妹の問いにそっけなく返した。
「ったく……」
「アキラ、皆どこに向かっているんだ?」
薬師が傍らの魔王に尋ねた。
「どこってんじゃねえんだよ。このフロアの大きさが知りたいから、一方向に歩いてるだけさ。しっかし、とんでもなくデカいなあ、この階は」
「アキラ」
「なんだい?」
「この廊下」
「廊下がどうかした?」
「今で四周目」
「は!?」
――まさか、これは。無限回廊というやつなのか!?
晶は戦慄した。
「そ、そういうの、早く言ってくれると嬉しいんだけどなあ」
「何故歩くのか。ルパナ、知らない。だから、教えられない」
「すまん、悪かったよ」
薬師状態の彼女が、とてつもなく融通が効かず、空気も読めないことを思い出した。
「それはそうと……現在位置が分からないんだが」
「申し訳ない、陛下。座標が分かる道具を、うっかり仕事場に置き忘れてしまった」
「いやいや、構わないですよ名人。そっちは荷物がすごく多いし、しょうが無い」
「面目ござらん」
『え? 座標が知りたいニャン? 僕わかるよ』
「mjd」
「トンデモ多機能だな、ミミちゃんはー」
『へへー』
結局、ミミとルパナのおかげでフロアの横幅だけは把握出来た魔王一行。
今度は縦方向の測量が始まった。
「うっ、またこっちも無限回廊なのか?」
魔王たちは、一周回って印を付けた場所に戻ってしまった。
「でも印があるから大丈夫ですよね、魔王様」
「ああ。これ気付かなかったら、どえらいことになってたぞ……」
「きゃああっ!!」
「どうした、ラミハ!」
後方を魔王と並んで歩いていたラミハが、触手のようなものに足をからめ取られ、ずるずるとPT後方に引き摺られていた。
「たすけてえっ」
一斉に方向転換をして駆け寄ろうとしたその時、
――ブンッ
「うお! ……こわっ」
「すまんアキラッ」
犯人は黒騎士卿か。
魔王のすぐ横を、光の帯が鈍い振動波を伴って通り抜けていった。
あっ、と思う間もなく、真っ暗な通路を一瞬で白く染め抜いた。
その到達距離は数十メートルはあっただろう。
ここが無限回廊でもなければ、迷宮そのものを破壊していたのは間違いない。
して、魔王から十数m先には――
「し、師匠~~~~~っ」
「待ってろ、いま助けてやるぞ」
千切れた触手を腹に巻いたままのラミハが、石畳の上に転がっていた。
触手は若干うねうねと動いていたが、皆が駆け寄る頃には動かなくなった。
駆け寄ったヒウチが愛弟子の体から、吸盤のないタコの足のような不気味な触手を引きはがした。
後から追いついたルパナが、辺りをランタンで照らすと、そこには、胴を大きくくりぬかれた怪物の死骸があるばかりだった。穴の内側はレーザーで焼かれたように綺麗に切りとられ、臓物や体液が漏れ出ることはなかった。
魔王が全体像を推察すると、胴と触手――足が一体化した、タコのようなクラゲのような不可思議な生物と思われた。
「こいつ……初見か」
ぶっといビームで敵を焼き殺した黒騎士が、しゃがみ込んでグログロしい敵の死骸を剣の先でつつき、転がしたりひっくり返したりしている。
「私も初めてです、閣下……」
「そうだね、姉さん」
見たこともない怪物を前に、さしもの双子騎士も不安そうである。
「迷宮の底の方は、よくわからないものが棲んでる。昔と今では、いろいろ違うかもしれない」
ルパナが触手を杖の先でいじりながら言った。
「危ないから、後ろにも剣士を置いた方がよさそうだな、ハーさん」
「ああ。ならば、俺がしんがりを務めよう。ウリブ、サリブ、前は任せたぞ」
「「はい!」」
双子の顔に緊張が走った。