薬師からもらったピンク色のアレのおかげで、気力・体力・魔力が全快した魔王と、魔王からお裾分けをもらって全快したラミハは、仲間たちと共にダンジョン探索を再開した。
……が。
(しかし不気味だな。まるで宿屋にでも泊まったみたいだ。ピンクのアレはエリクサーなのか???? しかもそれを軍隊全員に配ってたっちゅーし……。なんかヤバいもんでも入ってたりせんだろうか)
疑心暗鬼にかられる魔王。歩きながら、ちらちらと薬師を見る。
「なに、アキラ。前見て歩かないと転ぶ」
「あ、ごめん……」
「なに」
「いや、その……ピンクのアレ……何が入ってんの?」
「企業秘密」
「ちょ、そこは俺魔王なんだから教えてくれたっていーじゃんよ」
「魔王は原初の星育ちだから、知らない方がいい」
そんなこと言われたら、気にならない方がおかしい。
「だ、大丈夫だから、な?」
「…………本当に?」
「ホントにダイジョブ」
「…………うーん。あのね」
ルパナにおいでおいでをされる。
彼女は晶の耳元で囁いた。
――もう一人の彼女の声で。
「私の鱗の粉末」
「マジか……」
晶は腑に落ちた。
古竜神の鱗、その粉末が入っているのなら、あのキラキラもカラフルなのも、効き目が鬼すごいのも、全てが納得出来る。
……というか、そんな貴重なものを戦闘糧食、いやおやつ代わりにもしゃもしゃ食ってていいのかという別の疑問が湧いてきた。
あれはきっと、一度に大量生産するのかも……。
中身が中身だから、日持ちするに違いない。すぐ腐るようなもんなら、軍の配給で出せはしない。
「得心がいったのならよかった。いくらでもある。好きなだけ食べるといい」
ルパナは元の声でそう言った。
☆
「ラミハ殿、すっかり回復したようじゃの」
彼女の隣を歩く、マイスター・ヒウチ。
「師匠、もう弟子なんだから、殿はやめてくださいよ。魔王様にもらったピンクのやつで元気になりましたよ。あれって軍で使ってる食料なんですよね。こないだドラスさんが言ってました」
「わしらの一族は従軍しておらんから食ったことはないがの」
「あ、そうなんですか? みんな戦争に行くんじゃないんですか」
「魔王国で徴兵はなかったんじゃが、その代わりに、戦争用のからくり人形や、人造兵士を大量生産したんじゃよ。実際に従軍したのは、軍属や一部のものぐらいじゃ」
「……そう、なんですか。人間だけたくさん死んで、魔族はからくりや作りモノで戦ってた、そういうこと、なんですね」
「ふむ……何か気に障るようなこと言ったなら、謝罪する。ラミハ殿よ」
「いえ……別に師匠が謝るようなことじゃないです。ないけど……だったら、なんで人間は魔族なんかに戦争を挑んで、何十年ものあいだ、何千何万の人を巻き込んで犠牲にしたのか……私には理解が出来ません」
「ワシもじゃよ。先にこの地に住んでいたのは我々じゃ。後から来た連中が勝手に周囲に国を作り、そして戦いを挑んで来た。我が国で暮らしていくばくか見聞した後なら分かるじゃろう。人の世を終わらせることなど造作でもなかったことが」
「……よく、わかります。ケンカ売る方がバカだって、痛いほどわかります」
「ビルカ様は、ただ売られたケンカを買ったのみ。皆殺しにしなかったのは慈悲からではなかったのじゃが……」
「分かってるけど、でも、死人をほとんど出さずに何十年も戦った魔族が、血を流さなかった魔族がいて、父も母も失った人間がたくさんいる。私のように」
ラミハは拳を握りしめた。
「理不尽じゃろう。口惜しいじゃろう。じゃが、全ては過去じゃ。未来に生きるお前さんの足かせにしてはならぬ。過去は置き去りにして、ときどき振り返るものじゃ。つねに傍らに置いていては、足下しか見えなくなる。
ワシと共に歩く道は全て未来に続いておる。未来のお前さんが技術を学び、未来のお前さんが何かを造る。さて、お前さんの望むのはどちらじゃ?」
「――未来、です」
ヒウチはうんとうなづいた。
「師弟の関係は、家族にも似たものじゃ。ワシにも実の家族はおるが、それでも先代を父のように思っていた。お前さんが望むなら、ワシは父になってもよいぞ」
ラミハはさらにぎゅっと拳を握りしめた。前を向いたまま。
「……もったいない、御言葉です、師匠」
ヒウチは黙ってうなづいた。