「師匠、ぼちぼち行くみたいですよ」
機材のチェックをしているヒウチを呼びに来たラミハ。
自身も、装備を着けたり荷物を背負ったりしている。
「ああ、もう少しじゃ」
『ねえねえ、僕のリュートは? そろそろ持っていきたいんニャけど……』
「すまんすまん、いま道具入れから出してやるぞ」
ヒウチはこまごまとした道具の入った木箱から、ミニチュアサイズの弦楽器を取り出し、ミミに渡してやった。
『ありがとうニャン』
「お前を失って、ずっと弾くものもなかった。取っておいて本当に良かった」
『まさか自分が誘拐されるニャんて、夢にも思わなかったニャン。そのせいで、父の死に目にも遭えなかった……。とても残念だったニャン。でも、ヒウチたちに見つけてもらえて助かったニャン』
先代とダンジョンに行った際、ミミはモンスターに連れ去られてしまったのだ。
「お手柄なのは、熊とカエルだけどね」
ラミハは、簡易かまどで墨の片付けをしている、からくり人形たちをちらと見た。
「あの子たち、あんがい熱にも強いのね~」
「汚れるからやめろと言ったんじゃが。あとで掃除をしてやるのはわしなんじゃぞ」
『なにかお役に立ちたいんだニャン。やらせてあげてニャン』
「そうねえ」
『僕らからくり人形は、お役目を持って生まれるニャン。だけど、そのお役目が果たせないと、僕らはしょんぼりしちゃうんだニャン。せめて、別のことでもお役に立ちたいと思う、それが僕らなんだニャン』
「そっか……。なんとなく、気持ち分かるよ」
ロインの役に立ちたい。そう願って、今まで生きてきた。
だけど今の自分は用済み。
そんな自分に、熊たちをつい重ねてしまう。
魔王やドラスの力添えもあって、正式に侍女を辞めてヒウチの弟子になったが、まだまだ実感が湧かない。
師匠のそばを心の置き所にしてよいものか、迷ってしまう。
ドラスのそばなど、なおさら困ってしまう。
誰かに求められることに慣れていないが故、彼とどう付き合えばいいのかいまだに分からない。
本当なら魔王に同行せず、療養しているドラスの世話をするべきだったのかもしれない。だけど、触れられるほど近くにいれば、彼だって……。
――それを、悪いこととは思わないけれど、心の準備がまったく出来ていない。
彼のことだからきっと全てお見通しだったのだろう。
だから、何もかも、身元引き受けも全て請け負ったうえで、自分を快く送り出してくれた。
だったら、彼に報いるにはただひとつ。
――成果を上げて帰ること。
『ラミちゃん、どうしたのかニャ』
「……え?」
『ニャにか、急にスッキリしたぽい顔してるニャ』
「うん。ちょっと。腑に落ちたっていうか。そういうの」
『そっか。よかったニャン』
ミミは、リュートをポロンと弾いた。
「これからもよろしくね、先代最高傑作のミミちゃん」
ラミハはミミのちいさな額を指先で撫でた。