「陛下……お見事でございます」
黒騎士が感嘆の声を上げた。
「お、おうよ。だって俺、魔王じゃんね。それはそれとして、ロインを城に戻しといて良かったぜ。あれがいたら戦争になっちまうわ」
「かもしれませんな……」
――しかし。戦闘種族から剥き出しの敵意を真っ直ぐ向けられて、昔の自分なら一秒も耐えられなかったにちがいない。やはり、この魔王の肉体のおかげなのか。
筋肉は何でも解決する、なんてよく言われたものだったが、人を超越した存在、魔族の王の肉体は、自信までも無尽蔵に生み出せる気がしてくる。
それを思うと、ビルカがあのような奔放な性格なのは、この肉体で生きてきたからなのか。当てずっぽうにしては、実感することが少ないとは言えない。
「にしても、そろそろルパナを起こさないとだなあ。ラミハさんよ、ウサ耳を起こしてくれないか~」
薬師は朝食後また敷物の上にごろりとなって二度寝の真っ最中だった。
ウサギだから自然の中は居心地がいいのか、それとも竜神だからよく寝るのか。実際のところは当人に聞かなければ分からない。
「うー……。ダメですねえ。起きないですー」
『起きないですニャア……』
ラミハと一緒に鍵開け猫のミミも手伝っているが、薬師は起きる気配がない。
「しゃーないな。くすぐってやれ」
「了解!」
『了解ニャー!』
「うふふ……ふひひひ」
『ラミちゃん手つきがあやしいニャン……』
ラミハは危ない目つきで両手をワキワキさせている。
「いくぞよ……コチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョコチョ!!!!」
「う……うう……ん……んああ……ううううううう……zzzzz」
猛烈な勢いで薬師の脇をくすぐりはじめたラミハ。
かなりの責め苦なはずなのに、うめくだけで一向に目を覚まさない。
『これ、わざと起きニャいんじゃ……』
「ミミちゃんどうしよう、これじゃダンジョンに行けないよ~」
『わかったニャン。やってみるニャン』
ミミはルパナの顔に近づくと、ふさふさのしっぽで鼻をくすぐった。
もちろん本物の猫のしっぽではない。人造の尾をウサギ皮で被覆してあるのだ。
「ふ、ふえ……ふぇ、ふぇふぇ……ふぇっくしょいっ!!」
『やった! 起きたニャン!』
「でかしたミミちゃん」
ルパナはひどく不機嫌そうな顔で上半身を起こすと、指の背で鼻をこすった。
「んあ……なに」
「起きてよ~。そろそろ出かけるよ」
ラミハがルパナの手を引っぱり上げている。
「めんどくさいなあ……でもアキラのため、仕方ない」
ルパナは渋々起き上がると、荷物を背負い、杖を取った。
双子が薬師を見つけると、飛び上がって驚いた。
「ぎゃっ!! わわわわ!! りゅ、竜神様まで!! きき聞いてませんよ、ハーティノス様ぁ!!」
「うそ!! どどどどうしよう、姉様!!」
「落ち着けお前たち。薬師様がどうかしたのか」
黒騎士が双子に尋ねた。
「竜神様といえば、我が一族の祖神ですよ!! やだもう、教えてくれないなんてひどい!!」
「ひどいです!!」
「何がどうひどいんだ? さっぱりわからんぞ」
「こんな汚い身なりで御前に出るなんて、もうどうしよう~」
「城に戻りましょうか姉様」
「こらこら、今から着替えに行ったら薬師様をお待たせすることになるぞ。お怒りに触れてもよいのか?」
「それは……」
「ううん……」
寝ぼけ顔のルパナが双子に近づいてきた。
「……ん。補充か。あまり怪我をするなよ」
とそれだけ言うと、はわわ……とあくびを一つ。
「「おはようございます!! 竜神様!!」」
「……ん。ああ、そうか。お前たちか。よろしくたのむ。ふわぁ……」
「おいルパナよう、まだ目覚めねえんか? 水で顔を洗ってきたらどうだ」
双子が騒いでいるので心配になって覗きにやってきた魔王。
「ま、俺も少々寝不足ではあるが。んで、何の騒ぎだ?」
黒騎士が、かくかくしかじかと事情を説明した。
「なるほど……ねえ」
晶は今回の旅も「面倒なこと」になりそうな予感がしていた。