目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第26話 地下五階(4)侍女Aと女騎士さんとの悶着

「どうしたの? アキラまで顔色悪いよ」

「なんでもない、大丈夫だよ」


 こういう時の女は勘が良い。

 気取られる前に、と晶は歩き出した。


 ドアを開けても開けても次々と部屋が出現し、その度に敵が、箱が沸いてくる。

 労も多いが実入りもいい。

 真っ直ぐ来られるのなら、万全な時にここへ来てもいいぐらいだが……。

 現在PTのコンディションは、いろんな意味でかなりマズい。


 身重で重労働中のマイセンを筆頭に、病み上がりのドラス、運動不足のロイン、体力的には子供のラミハ、そして精神的ダメージを負った晶。

 元気なのは、怪しげな生物の薬師と、日常的にダンジョンを出入りしているヒウチぐらいのものだった。

 薬師は気付くと普段の彼女に戻っていて、別人格と自称している竜神の娘は中に引っ込んでしまっていた。


 実質、自分の付き合いのロイン、その付き合いのラミハは本来参加する必要のないメンツだし、好意で案内をしてくれているヒウチも、分かるのは中層までという話で、これ以上付き合わせるのは心苦しい。


 竜神の娘が引っ込んでいる以上、強い使命感でダンジョン攻略を進めるマイセンを止められるのは、名前ばかりのPTリーダーである自分しかいない。

 ――とにかく止めなければ。しかし、彼女の本懐も遂げさせてやりたい。自分はどうすればいいのか。


(それにしても、彼女は一体、モギナスからどんな指令を受けているんだろう?)


「アキラってば、聞いてる?」

「――え? なんだっけ……ごめん」

「もー。ぼーっと歩いてるから危ないって、ちゃんと前見てって何度も言ってんだけど。聞いてる?」

「わりい」


 言われて前を見るが、考え事をやめられない。

 敵が現れても、おざなりにバリアを張って、頭の中はどうどう巡りをしている。

 過去の苦い思い出が、胃の中に染み出して、晶は吐き気を催した。


「アキラ! だいじょうぶ? まさかつわりがうつるなんて」

「もらいつわりじゃねーわ! でえじょーぶだよったく……」


 減らず口を叩きながら口元を手の甲で拭う晶。

 だが、アシッドダメージのように、精神の損傷はじわじわ広がっていく。


「陛下、具合悪いなら休みましょうや。顔色悪いですよ」

「るせえっ! さわんじゃねえ!」


 肩を貸そうとしたドラスの手を払いのけた。


「失礼、陛下」

「魔王様までどうしちゃったの……」

「アキラ、ホントに大丈夫?」

「平気だよ」

「あの……、陛下。私が申し上げるのもなんですが、休憩された方がよろしいのではございませんか?」

「ああ。大丈夫だ。ありがとう、マイセン。さっさとこの階、終わらせっぞ」


 急に荒れだした晶を、マイセンは困惑した顔で見つめていた。


                  ☆


 それから小一時間。

 ダンジョンの探索を続けるPT。

 晶は吐き気を克服したものの、ムリを続けるマイセンの疲労は蓄積していく一方だ。

 そんな中、晶は甲斐甲斐しくマイセンのフォローをしていた。


「むずかしいやつだけ解錠、っつっても、結構出てきちまったな……」

「そうでございますね」

「俺、よくよく調べたら、解錠の魔法持ってたけど、レベル最低だから絶対失敗するやつだし……。ホント、使えねえ男でイヤんなるよったく。すまねえ、マイセン」

「わたくしこそ、申し訳ございません、陛下。叔父上から任かされていた任務を満足に遂行出来ないわたくしに、御自らお力添え下さるとは、このマイセン、本当にお詫びのしようもございません……」

「ここまでずっと、その体で俺らの面倒を見てきたんだ。何も詫びることなんてねえよ。だが、そろそろ帰らないか?」


 しかしマイセンは、悲しそうな笑みで首を横に振るだけだった。


「ったく、強情なやつだよ」

「申し訳ございません、陛下」


                  ☆


 晶はマイセンのフォローをしつつ、後悔に打ちひしがれていた。

 あの時こうしていれば、あの時話を聞いていれば、あの時そばにいていれば。

 取り返しのつかない過去に、何度も何度も殴られ、刃を突き立てられ、締め上げられながら、歩いていた。


 今の自分にはロインがいる。

 ロインに好き勝手や贅沢をさせることで、罪滅ぼしをしてきたつもりでいた。

 ――しかし、そんなことでは、過去の罪から逃げ切れはしなかったのだ。


 内側から溢れ出して内臓を溶かしていく罪の意識。

 ドロドロになった臓物が、今にも口から溢れそうだった。


「なあ、もういいだろ? 帰ろうよ、マイセン。頼むから」


 晶は耐えきれず、涙を流しながらマイセンに声をかけた。いや、声を絞り出したといった方が相応しいか。苦しさ故に漏れた言葉がそれだった。


「陛下……そんなにまでわたくしのことを……」

 マイセンは両手で顔を覆い、しくしくと泣きだした。


 ――違う。俺のためだ。自分が苦しいからだ。


「お願いだ、俺のために城に戻ってくれ、マイセン」

 晶は彼女をそっと抱き、後頭部を撫で付けた。

「……はい、陛下。申し訳ございません。仰せの通りに」

「はあ……。よかった」


 晶は安堵のため息をつくと、さなぎの中でドロドロに溶けた内容物が、高速で再構築されていくような心地になっていた。


「アキラ、もしかして……」

 ロインの顔が急に険しくなった。

「なんだ?」

「ももも、もしかして」

「だから何なんだよ?」

「も・し・か・し・て」

 ロインは槍を構えながら、今にも泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにした。

「ちょ、ちょっと、ロインさん? あの、まさか? いやいやいや、あり得ないから、その想像おかしいから。ちょっと、聞いてます?」

「マイセンの相手って、あ、あああ、あ、アキラなのね!?」

「マジすか!」

「なんと」

「魔王様ひどい」

『『ひドい』』


「ちょ、違うんだってば、マイセン、ルパナ、なんとか言ってくれよ!」

「父の名を言っていいのか」

「やめてください! それだけはやめてぇ!」

 必死の形相で晶にしがみつくマイセン。

「やっぱり……アキラってサイテー……殺す」

「なんなんだよ、お前の勘違いだろ。頼むよ信じてくれよ」

「だが、名前を明かせない相手となると……やはり陛下が」

「ドラスまでひどいよ!」

「魔王様のヤリチン……」

『『やリチん』』

「たのむ、マイセン! せめてこの場で否定だけでもしてくれよ、俺、社会的にしんじゃうから! たのむから! お、俺を殺さないでくれよおおおおお!」

「へ、陛下は」


 ルパナ以外の全員の目が、マイセンに集中した。


「子の父では、ございません!」

「やった!」

「これで、お許し頂けるでしょうか、お嬢様」

「言いなさい! 相手は誰なの!?」

「お嬢様の命でも、それだけは口が裂けても言えません」

 槍の矛先をマイセンに向けるロイン。

「言えってば!」

「国家の存亡に関わる秘密でございます。殺されても言えません。どうしてもとおっしゃるのであれば、その槍で私の喉を突き、腹を割いて、ご自分の目で確かめられればよろしい!」

「お前らいい加減にしてくれよおおお! 助けて、ルパナぁっ!」


 カツーンッ!

 薬師が杖を石畳に打ち付ける音が響いた。

 薬師は竜神の娘の声で話し始めた。


「魔王の命により、魔王を助ける。魔王は子の父ではない。だが遠縁だ、とだけ言っておく。人の子よ、これでよいか」

「わかりました……ごめん、アキラ」

 ロインは槍を降ろした。

「ったく……。お前、俺のこと好きすぎんだろ」

「マジごめん」

「お騒がせして、申し訳ございません、皆様」

「一人でクソ騒いでたのはロインだろ。お前マジクソ彼女にあやまれ。超あやまれ」

「……ごめんなさい」

「そんなふくれっ面で謝られても、嬉しくないですよ。お嬢様」

「だってえ……」

「しゃあねえよ、こいつまだガキだからさ。俺からもあやまるよ」

「もったいのうございます、陛下」


「やれやれ、今日は二度も外に出てしまった……。もう呼ぶでないぞ、魔王」

 はわわ、と軽いあくびをすると、竜神の娘の気配はいずこかへ消えていった。


                  ☆


「あれえ? あの子たち……いない」

「迷子か?」

「魔王様、見なかった?」

「いんやー……」


 さて、帰ろうとすると、オモチャたちの姿が見当たらない。


『家主ヨ、戻ったゾ』

『戻ったゾ』


「あ~~、あんたたち、どこ行ってたの? 心配したんだから~」

『済まヌ。気配ヲかんじタのデ探しニ行ってキタのダ』

『こッチこイ』

 カエルが背後に手招きをすると、猫のからくり人形が現れた。

『家主様、お初に御目にかかりますニャン』

 ぺこりとラミハに頭を下げた。

「いやいや、魔王様はあっち」

 ラミハが魔王を指さした。

「ども。俺が魔王、です!」

 なぜか猫に向かって敬礼する魔王。

『これは失礼。家主様、お初に御目にかかりますニャン』

「はじめまして。……で、このニャンコは一体?」

 ヒウチがずいと前に出て、猫の前にひざまずき、凝視した。

「おおお……こ、これは。まさか現存していたとは……」

「どうしたんだ、名人」

「この猫のからくり人形は……ワシの師匠の作でございます。鍵開け猫、師匠の最高傑作ですぞ……。ああ……なつかしい」

「マジか!! でかしたぞお前ら!」

『褒美ふやセ、家主』

『家主』

「わかったわかった。増やしてやんぞ」

『おや、これはヒウチ殿。お久しゅう。我が父は息災ですかニャ』

「残念ながら、もう亡くなっておる。今はワシが工房を受け継いだ」

『そうか……残念だニャ。して、僕に仕事があると熊に聞いたんだニャ』

「来てもらえるかの」

『もちろんだニャ。僕はそのために生まれたんだニャン。皆さんよろしくニャン』


 鍵開け猫、ミミがPTに加わった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?