「…………申し訳ございません。どのみち、堕ろすつもりでございます故……」
さらりと堕胎を口にしたマイセン。
それを聞いて魔王は血の気が引いた。
「あ、あの……個人的な問題だから、あまり口を挟むことじゃあないとは思うんだけど……、その、待遇的な問題で産めないんなら、俺、いろいろ善処するから、なあ、マイセン」
「そういう問題ではございませんし、陛下のお気を患わせるような問題でもございません。我が身は王家にお仕えするためのもの。どうぞ、お構いくださいませんよう」
マイセンは魔王の膝から降りると、身なりを整えた。
魔王が周囲を見回すと、全員の顔に『城に帰せ』と書いてあった。
「か、帰りません! わたくし、帰りませんからね!」
「マイセンよう、そこまでムキにならなくても……」
魔王はお手上げポーズをした。
「どのみち、探索続行はむずかしい。城に戻り、代りの者を探すこと」
薬師がじろりとマイセンを睨みながら言った。
「では、こういうのはどうかの」
ヒウチが提案を始めた。
「はんぱな状態では彼女も引っ込みがつかんじゃろうから、この階層の探索が終わるまでは同行してもらう。で、難易度の低そうな宝箱は、わしがなんとかする。万一の場合には、みなさんで対処してもらう。――これでどうじゃろうか」
「現状、テコでも動きそうにないですしねえ。まあ俺に出来ることといやあ、荷物運びか、警報装置で集まった敵をタコ殴りする程度ですが、みんなでやりゃあ、しのげないこともないんじゃないですかねえ」
ドラスがあごをぽりぽり掻きながら言った。
「お、俺、バリア張るから。トラップ発動しても大丈夫だから、な」
「先輩、ホントムリしないでください」
『『クださイ』』
「開かないやつだけお願いするから、極力戦闘もしなくていいのよ」
「……皆さん。ご心配頂き、心よりお礼を申し上げます。ですが……、全てご無用でございます。私事ですので、どうぞお構いなく。今まで通りにして頂きたく存じます」
マイセンの表情は心なしか怒っていた。
それを薬師は冷ややかな目で見ていた。
薬師がすう、と息を吸い込むと、聞いたこともないような声でしゃべりはじめた。
「マイセンよ。竜神の娘としてお前に告げる」
ぎょっとしたマイセン、ドラス、ヒウチが薬師の前にひざまづいた。
「そなたの王家への忠義、まこと立派である。だが、子殺しをするとの言、聞き捨てならぬ。――理由が王家のため、となれば」
「し、しかし……我が一族は」
「黙れ小娘。お主の一族も、王家も、そこな二人の種族も、すべて我が父が、等しく命を救うためにこの星へと連れて参った者達である。その命を一つたりともムダにすることを、父は望んでおらぬ」
「申し訳ございません……猊下」
マイセンは両手で顔を覆って、泣きだしてしまった。
「ウサ子よう。ちょっといいか」
「申せ、ビルカの子よ」
「彼女にも、事情があるんじゃねえのかなあ……。いろいろと」
「お前は、子の父が誰か分かってものを言っておるのか?」
「そこまで分かるんか……。いや、しらんけど」
マイセンが薬師のローブにすがった。
「そ、それだけは……お許しを」
「分かっておる。だが、子のことを話してはおらぬのだろう?」
薬師が渋い顔で言った。
「……はい」
「もしかして……そんなに大物、なのか? マイセン」
「……それはご命令でしょうか、陛下」
「いや。……しょうがない。じゃあ、この階だけ付き合ってくれるか? その後は一旦城に戻ろう。な?」
「私も城に戻ったらお前とこの企ての首謀者に話がある。連れて参れ」
「猊下、陛下の仰せのままに」
――などと言いつつ、全く承服していない顔のマイセンだった。
「……ところで、お前はウサ子の何なんだ?」
「私も彼女の一部、多重人格のようなものだ。気にすることはない」
「竜神の娘……って、あんま似てないようだが?」
「この姿はただの器。私もお前と同じ、地球生まれだよ」
「……って、一万才以上かよ!」
薬師――竜神の娘は、長い耳をゆらして、くすっと笑った。