魔王の魔法で体毛が急激に伸びてしまったドラスは、結局顔まわりだけ剃って任務を続行することになった。
「ん~……、なんかあちこちごわごわして、気持ち悪い……」
キャンプを撤収し、地下五階へ降りる階段に向かって歩きながら、ドラスがぼやいた。
「なんというか、マジすまん……」
「いやいや、陛下がご好意でして下さったこと。多少の心地悪さはありますが、傷も完治し、結果オーライですよ」
「帰ったらぜったい刈るんだから! ぜったい! 胸毛ボーボーとかありえないんだから!」
『『ありエないんだカラ!』』
「なにがあり得ないの? ラミハちゃんが刈ってくれるの? ねえねえ」
ニヤついた顔でドラスが訊ねる。
「バ、バカですか! 死ねばいいのに! マジで死ねばいいのに!」
「ちょっとドラスさんよ、あんまこいつをからかうなよ。また逃亡したら困るだろ」
「はあ、さすがに俺でも二度はちょっと」
「魔王様まで! 死ねばいいのに!」
「やれやれ……」
二三敵を倒しつつ、ようよう下に降りる階段までもう少し、というところで、魔王は立ち止まった。
「あんれ、おかしいなあ……」
「どうされました、陛下」
「俺……何か忘れ物をしたようなしてないような……。マイセンは心当たりないか?」
「さあ……。存じませんが」
「なんか、このまま下に行ったらいけない気が……。俺、一体なにを忘れてるんだろう……ううむ」
「どうしたの? アキラ」
「どうしよう…………」
戻って確かめたい。でも、はっきり分からないのに戻るのはみんなに迷惑……。
晶は迷った。
「もどりますかの?」
「うう~ん」
「別に急ぐ旅でもないし、いんじゃないんスか?」
「でもお……」
「気になるんでしょ? だったら戻ればいいじゃない、魔王様」
「だけどなあ~」
ぐだぐだと煮え切らない魔王に、とうとう婚約者がキレた。
「いーかげんにしなさいよ!! 行くなら行く、戻るなら戻る、どっちでもいいからハッキリしてよ!! 殺すわよ!!」
「って言われてもなあ……。じゃあ、」
「どっち」
「えっと」
「ああ~~~、イライラするう~~~(怒)」
「わーったわーった、決めるから怒るなよロイン」
「で、どーすんの」
晶は深呼吸を一度して、答えた。
「俺、一人で戻る」
「陛下、それは看過出来ません。おやめ下さい」
「みんなに迷惑かけたくないんだよ」
「そういう問題じゃない、もうあんたが一人で出歩くとかマジかんべんですぜ、陛下」
「そうですよ~。何かあったら困りますって~」
『『マすっテ~』』
「大した距離でもない、皆で戻ることを何故そこまで拒まれるのかの」
「私もあんたに死なれたら破談になって実家戻るとかマジかんべんなんだから、一緒に戻るわよ!」
「ううう……、みんなごめん」
というわけで、結局全員でキャンプ場所まで戻った一行。
「アキラ、探しものって見つかった~?」
「……というか、何を探してるのか、わかんないんだ」
「ええ?」
「ごめん、みんな。もしかしたら、ただの気のせいだったのかもしれない」
「思い出すまで、ここにいてもよろしいのですよ、陛下」
「うん、でも……」
『ジブンらもさがスの手伝うゾ、家主』
『手伝うゾ、家主』
「お前らまで、マジすまねえ……ああああもう! 自分で自分がなさけねえ……」
「ほんじゃま、陛下が思い出すまで小休止としますかね」
「なんかウチのアキラがごめんね、みんな~」
「ちょっとなにそれ、ロインちゃんさー、ダメ亭主みたいな言い方しないでくれる?」
「違うの?」
「いや……ちがくねえけど……」
魔王が思い出すまでしばらく放っておこう、というヒウチの提案に従って、再び同じ場所で休憩することとなった。
「うう~ん……」
呻きながら床の上でもぞもぞ蠢く魔王。
いかつい鎧がなければ、床の端から端まで転がっているところだろう。
☆
『イクカ?』
『イコウ』
熊とカエルがなにやら算段をしている。
それを見とがめたラミハが呼び止めた。
「あんたたち、どこ行く気?」
『家主ノ探しモノさガス』
『オウ』
「何だかわかんないのに?」
『たブン、いいモノ。ミればわカル』
『わカル』
「でもさ……、危ないよ?」
『俺たちヲ襲ウ者ハここにはオらヌ。俺たちハ住人ユエ』
と熊が言う。
「そっか……。でも、カエル。あんたは留守番してなさい。足ないんだから」
『鳥ヲ返しテくれレバ問題ナイ』
「あ、なるほどなるほど。熊はこれに乗ってきたんだもんね。おっけー」
ラミハはバックパックにくくりつけた、からくり鳥を外し、熊とカエルの前に置いた。
鳥は声を出さないが、からくり同士は会話が出来るのか、熊やカエルがしきりに話しかけたり、うなづいたり、と受け答えをしている。
『トリに心当たりガ有るらしイ。ちょっと行ってクル』
そう言って熊は、カエルを鳥の背に乗せ、自らも鳥に乗った。
「あまり遠くに行ったらだめだよ。あと、遅くならないように。……せいぜい一時間ぐらいで戻ってくるんだよ。わかった?」
『『ワカッタ』』
☆
『家主、我々にツイてクルのダ』
「んにゃ……? なんだ、お前らか。ああ、寝てたわ……ふわわ……。で、なんか見つけたんかい?」
『みツケたカラ呼びニ来タ。来い、家主』
「あいあい。ありがとよ。んで、どっちだい?」
思い出せずにそのまま居眠りをしていた魔王、ダメ元でオモチャたちについて行くことにした。
熊とカエルと鳥の後ろにくっついていくと、キャンプ地から数分ほど歩いた場所に案内された。
『家主、コレはよイものダ。お前ガ探シテいタのは、コレでハないカ?』
鳥の上から熊が指し示したのは、壁の下の方が少々崩れて、えぐれた部分だった。
魔王がどれどれ、とランタンの灯りを近づけてみると――
光を受けてキラキラと輝く小さな小さな水晶柱たちと、添え物のように生えている、カラフルで小さなキノコたちが、ひっそりと佇んでいた。
魔王は息を呑んだ。
「お前たち……でかしたぞ……。そうだ、思い出した。これだ、これをロインに……見せてやりたかったんだ……」
魔王がドラスの盾を回収して戻る途中、仲間たちに悟られぬようキャンプの手前で、敵の強酸攻撃で負った傷の治療をしていたときに、偶然見つけたものだった。
座り込んで、ヒリヒリと傷む患部に治癒魔法をかけていると、水晶が魔力の輝きを受けて煌めいた。その折にふと目に入ったのだ。
しかし、疲れなどもあって、この天然の細工物を見せることをすっかり忘れてしまっていた。
「これ……剥がして持ち帰ったら、壊してしまいそうだから、後で連れて来ようと思ってそのままに……。でも良かった。思い出せて」
視界の端で、熊が腕組みをして、うなづいた。
『ヨシ、家主、ココで待ってイロ。俺ラがお前の妻ヲよんデこヨウ』
『こヨウ』
魔王が返事をする間もなく、からくり人形たちは、一目散にキャンプへと走り去って行った。