「と、取って来たぞ……」
魔王・晶が息を切らしながら、どこからかキャンプに戻ってきた。
晶が剣士・ドラスに差し出したのは、ドラスが迷宮内で落した盾だった。
「陛下……、まさかこれを一人で?!」
ドラスは驚いて跳ね起きた。
「うん。なんとか」
「いやあ……よくご無事で。しかし、どうやって?」
「見つからないようにコソコソと。たまに見つかったら、眠らせたり、しびれさせたり、盲目にしたりとかしてやり過ごした。いやあ、最弱魔法ばっかだけど、数があれば何とかなるもんだなあ」
「……ど、どえらくテクニカルですな、陛下」
ドラスはあきれ顔で言った。
かつて晶は、ファンタジーMMOにおける万能職 (という名の器用貧乏職)で、ソロプレイや、PTの支援役として活躍していた時期がある。
特化型ではないから、こまごまと強化や弱体などを駆使しての戦闘になるので、かなりテクニカルと言えばテクニカルなプレイスタイルだったと言える。
そんな晶にとって、豊富な魔法を持つ現状は、ある意味腕の見せ所なのかもしれない。
――だが、実際は無傷では済まなかった。
途中途中で回復魔法を数十回掛けたり、すぐ切れる睡眠魔法を何度も掛け直したりと、無尽蔵のMPと最強装備が無ければ生還はむずかしかっただろう。
それを澄ました顔で戻ってくるのが粋だと、当人は思っているのが恥ずかしい。
「傷の具合、どうだ?」
「かなり回復してきましたよ。ご心配お掛けして申し訳ありません、陛下」
「なに、構わんよ。俺も護られてばかりなんだから、お互い様さ。
それより、ちょっと実験台になってくんねえかなあ」
「実験台?」
「回復魔法の実験台」
「まあ、いいですが……」
「みみっちくて申し訳ないけど――いくぞ!」
晶はドラスの体に手をかざすと、回復魔法を掛けた。
手のひらがほんのりと明るく輝く。
晶はひたすら、LV1回復魔法を連射した。
「……どう?」
「あー……。なんか、じんわりと」
「おう」
「あったかい」
「そ、そう」
「あ、でも、」
「お?」
「なんか気持ちイイ……んー……、おお……、」
「おお?」
「ああ……なんか、体の奥の鈍い痛みが……じわあっと……」
「じわあっと」
「あったかい」
「あったかい、なんだ……」
「あったかくて……、痛いのが紛れてきて……」
「ふんふん」
「あー……。ちょっと傷口がかゆくなってきました」
「かゆいんか」
横から覗き込んでいたルパナが口をはさんだ。
「かゆくなってるのは、本当に治ってきてる証拠。さっきまでは、薬で仮に塞いでただけ。完全に治すには、体そのものが再生しないとダメ」
「つまりこの回復魔法は、『再生魔法』っつーこったな。細胞レベルで復活するんか……。いやー魔法すげえな」
「ほう……。あー、掻きむしりたい……」
次の瞬間、ルパナが慌ててドラスの腕を掴んで、掻くのを阻止した。
「だめー! せっかく治ってきたのに! ダメ!」
「すいましぇん……」
「ふぉおおおおおっ」
晶はさらに回復魔法を掛け続けた。
すると。
「わーっ、なんですかそれーっ!?」
結界の外から入って来たラミハが叫んだ。
「何って何、ラミハちゃん?」
「わ、わ、わさ……ああああ」
「???」
「魔王様、魔王様ってば、ちょっとストップ!」
「んだよ、今いー具合にノッてきてんだから止めんなよー」
晶は両手を使って交互に魔法をバンバン掛けている。
「いやあああ、もっと育ってるー!!」
「何がだよ、うっさいなあ。今治療中なんだぞ?」
「だって、だってえ――っ」
「どうしたんだよ、ラミハちゃん。何がどう育ってんだい?」
ドラスはきょとんとしている。
そこに、装備品の修理を終えたヒウチがやってきて、いきなり、
「おうふ、わはははは」
ドラスに指をさして笑い始めた。
「名人まで、一体何が……ぷっ。こりゃ……うひゃひゃ」
晶は魔法を中断、床で笑い転げている。
治療の後片付けをしていたマイセンもやってきた。
「皆さんなにやら楽しそうです……ぷっ、くくくく……し、失礼……くくく」
「マイセンさんまで……。一体何がどうなんてんだ?」
一人わけが分からないドラスが首をひねっている。
結界の外からロインが入ってきた。
「あ、晶! どこほっつき歩いてたのよ。近所を探し……ぷぷーっ!!」
体をくの字に折り、苦しそうに笑っている。
「お嬢まで、ったく何がそんなに面白いんだよ!(怒)」
「だって、すっごいんだもん」
「何がだよ(怒)」
ロインがひーひー言いながら笑いをこらえて、
「だって全身、もじゃもじゃになってるよ?」
「え」
「ごめ、なんか俺の魔法が効き過ぎて……どえらいことに……」
魔王が頭を掻きながら言った。
「――毛が、すごい育っちゃった。テヘ♥」
ドラスは顔や体じゅうをなで回し、青い顔で叫んだ。
「な、なんじゃこりゃあああああ――!!!!」