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第20話 地下四階キャンプ(2)侍女の巣立ち

「ひえぇ~~ッ、マジで傷が一時間で治ったぞい。さすが我が国最高の薬師様であらせられる」


 ドラスは、薬師に賛辞を贈った。


「も~ホントに死んじゃうかと思ったんですからー」

『『でスカらー』』

「だが油断してはいけない。傷は塞がったが、失った血や肉はまだ戻っていない。急にムリをすれば、動けなくなる」

「ルパナの言うとおりですよ。まずは食事を取ってくださいませ」

「あ、私が」

 ラミハはマイセンから皿を奪った。

「あの……ドラスさん、もうちょっとだけ安静にしませんか。その……」

「ん、もしかして、食べさせてくれるとか? やだ、幸せすぎてしんじゃう♥」

「やっぱやめます(怒)」

 ラミハは皿をドラスの前に置いた。

「えー、つれないなあ~。たのむよ~、ね♥」

「ちょ、ちょっとカッコつけて死にかけたからって、急に馴れ馴れしくしないで下さい! ったくもうバカですか、もーしんじらんない」

『『しんジらんナい』』


 ラミハはからくり人形たちと結界の外に出ていってしまった。


「あーあ、嫌われちまったな~」

 ははは、と力なく笑うドラス。

 まだ傷の奥は傷むようだ。


「おめえさんの鎧も、応急処置しといたぞ。やはり親衛隊は一般兵士と違って、いいモノを使っておるのう。いじっているだけで楽しいぞ」

「ありがとうございます、名人。そんなに違うもんなんですかねえ。よく分からないっすけど……」

「名工の作なのが、ひと目でわかるわい。……それを、こんなに傷だらけにして、まったくおめえさんときたら(ブツブツ)」

「いやあ……めんぼくないっす」


 少し間を置いて、ヒウチがぽつりと言った。

「着ていた鎧が安物なら、おめえさんもお嬢ちゃんも、助からんかったろうな」


「……そう、ですか」


「お嬢ちゃんが魔導具を使いこなせていれば、おめえさんを護れたじゃろうな」


「そう、スか……」


 ――俺ってば、口ばっかじゃねえか。絶対護るとか言って、一人じゃ何も出来てねえ。ボロ雑巾になって足手まといになったり、装備の性能に頼ったり――


「俺、チョーかっこわりい」

 傍らに置かれた、冷めた薬膳粥の皿を取ると、ドラスは一気に飲み干した。


                  ☆


「魔王様、ちょっと席外してもらえますか。お嬢様と話がしたいんです」

 結界の外で見張りをしている、魔王・晶と、ロインのところにやってきたラミハ。


「ああ、わかった」


 晶が離れていったのを見送ると、ロインが先に口を開いた。


「話ってなに」

「単刀直入に聞きます。お嬢様にとって私はジャマですか」


 ロインは数度宙に目を泳がせると、困り顔で話し始めた。


「……合わないのよ。私達」

「合わない……?」


「私には努力しても出来ないこと、むずかしいことを、貴女は私に強いる。出来なければなじる。ずっとその繰り返し。私は自分がだらしないんだと思って、その度に自分を責めた。貴女の言うとおり、普通にならなければいけない、そう自分を叱咤したことは、一度や二度じゃない。だけど、……やっぱりムリだった」


「お嬢様、私はそんなつもりは……」


「貴女は私に理想の主人になって欲しかったんだろうけど、貴女の愛情が私にはあまりにも重かった。家督のことで、実家に居場所にない私の数少ない味方でもあったけど、それでも私は、身近な人に自分自身を否定される生活は、やっぱりご免だったのよ。――これは、好き嫌いの問題じゃあない」


「否定…………」


「女学校にいても、騎士団にいても、私には自分の居場所は見つけられなかった。だけど、アキラは私に居場所をくれた。ありのままでいられる場所を。

 だけど私は今でも貴女の主人としても居場所としても、やっぱりふさわしくない。だから、自分の居場所を探しなさい。好きなところに行っていいのよ」


「お嬢様……私……ごめんなさい。なんか、ほんとに、もう、誤解とかしてたし、いろいろごめんなさい……ごめんなさい……」

 ラミハはしゃくりあげながら、大粒の涙をこぼした。


「もちろん、体ひとつで追いだそうなんて言わないわよ。十分な退職金を……魔王が払ってくれる。まあ、アテがないなら、城で働いていても構わないけど。

 ――でも、居場所を作ってくれる人が出来たんでしょ?」


「まだ行くって決めてないですけど……」


「そうね。でもこういうのって、なんていうんだろう、偶然とか、流れって、案外大事かもしれないわよ。ローテとか、私とか、まあそんなカンジで。

 乗っかれる波が来たら、乗って遠くに行くのもアリ。今はそう思える」


「……」


「ああ、余計なこといっぱい言っちゃったわね。

 ……貴女の質問の答えは、イエスよ。

 いい? 貴女はもう子供じゃないんだから、とっとと独り立ちしなさい。私なんかにしがみついてたら、絶対幸せになれないんだから」


「おじょう……さまあ……」


 ラミハは両手で口を塞ぎ、号泣した。

 ロインは両手で彼女を抱き締め、号泣した。

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