「ひえぇ~~ッ、マジで傷が一時間で治ったぞい。さすが我が国最高の薬師様であらせられる」
ドラスは、薬師に賛辞を贈った。
「も~ホントに死んじゃうかと思ったんですからー」
『『でスカらー』』
「だが油断してはいけない。傷は塞がったが、失った血や肉はまだ戻っていない。急にムリをすれば、動けなくなる」
「ルパナの言うとおりですよ。まずは食事を取ってくださいませ」
「あ、私が」
ラミハはマイセンから皿を奪った。
「あの……ドラスさん、もうちょっとだけ安静にしませんか。その……」
「ん、もしかして、食べさせてくれるとか? やだ、幸せすぎてしんじゃう♥」
「やっぱやめます(怒)」
ラミハは皿をドラスの前に置いた。
「えー、つれないなあ~。たのむよ~、ね♥」
「ちょ、ちょっとカッコつけて死にかけたからって、急に馴れ馴れしくしないで下さい! ったくもうバカですか、もーしんじらんない」
『『しんジらんナい』』
ラミハはからくり人形たちと結界の外に出ていってしまった。
「あーあ、嫌われちまったな~」
ははは、と力なく笑うドラス。
まだ傷の奥は傷むようだ。
「おめえさんの鎧も、応急処置しといたぞ。やはり親衛隊は一般兵士と違って、いいモノを使っておるのう。いじっているだけで楽しいぞ」
「ありがとうございます、名人。そんなに違うもんなんですかねえ。よく分からないっすけど……」
「名工の作なのが、ひと目でわかるわい。……それを、こんなに傷だらけにして、まったくおめえさんときたら(ブツブツ)」
「いやあ……めんぼくないっす」
少し間を置いて、ヒウチがぽつりと言った。
「着ていた鎧が安物なら、おめえさんもお嬢ちゃんも、助からんかったろうな」
「……そう、ですか」
「お嬢ちゃんが魔導具を使いこなせていれば、おめえさんを護れたじゃろうな」
「そう、スか……」
――俺ってば、口ばっかじゃねえか。絶対護るとか言って、一人じゃ何も出来てねえ。ボロ雑巾になって足手まといになったり、装備の性能に頼ったり――
「俺、チョーかっこわりい」
傍らに置かれた、冷めた薬膳粥の皿を取ると、ドラスは一気に飲み干した。
☆
「魔王様、ちょっと席外してもらえますか。お嬢様と話がしたいんです」
結界の外で見張りをしている、魔王・晶と、ロインのところにやってきたラミハ。
「ああ、わかった」
晶が離れていったのを見送ると、ロインが先に口を開いた。
「話ってなに」
「単刀直入に聞きます。お嬢様にとって私はジャマですか」
ロインは数度宙に目を泳がせると、困り顔で話し始めた。
「……合わないのよ。私達」
「合わない……?」
「私には努力しても出来ないこと、むずかしいことを、貴女は私に強いる。出来なければなじる。ずっとその繰り返し。私は自分がだらしないんだと思って、その度に自分を責めた。貴女の言うとおり、普通にならなければいけない、そう自分を叱咤したことは、一度や二度じゃない。だけど、……やっぱりムリだった」
「お嬢様、私はそんなつもりは……」
「貴女は私に理想の主人になって欲しかったんだろうけど、貴女の愛情が私にはあまりにも重かった。家督のことで、実家に居場所にない私の数少ない味方でもあったけど、それでも私は、身近な人に自分自身を否定される生活は、やっぱりご免だったのよ。――これは、好き嫌いの問題じゃあない」
「否定…………」
「女学校にいても、騎士団にいても、私には自分の居場所は見つけられなかった。だけど、アキラは私に居場所をくれた。ありのままでいられる場所を。
だけど私は今でも貴女の主人としても居場所としても、やっぱりふさわしくない。だから、自分の居場所を探しなさい。好きなところに行っていいのよ」
「お嬢様……私……ごめんなさい。なんか、ほんとに、もう、誤解とかしてたし、いろいろごめんなさい……ごめんなさい……」
ラミハはしゃくりあげながら、大粒の涙をこぼした。
「もちろん、体ひとつで追いだそうなんて言わないわよ。十分な退職金を……魔王が払ってくれる。まあ、アテがないなら、城で働いていても構わないけど。
――でも、居場所を作ってくれる人が出来たんでしょ?」
「まだ行くって決めてないですけど……」
「そうね。でもこういうのって、なんていうんだろう、偶然とか、流れって、案外大事かもしれないわよ。ローテとか、私とか、まあそんなカンジで。
乗っかれる波が来たら、乗って遠くに行くのもアリ。今はそう思える」
「……」
「ああ、余計なこといっぱい言っちゃったわね。
……貴女の質問の答えは、イエスよ。
いい? 貴女はもう子供じゃないんだから、とっとと独り立ちしなさい。私なんかにしがみついてたら、絶対幸せになれないんだから」
「おじょう……さまあ……」
ラミハは両手で口を塞ぎ、号泣した。
ロインは両手で彼女を抱き締め、号泣した。