「おかえりー……って、どうしたんだよその血、だ、大丈夫か!」
キャンプ場所で二人を出迎えた魔王・晶は、全身が血で染まった剣士を見て、驚きの声をあげた。
血染めの剣士は肩で大きく息をしており、すぐには返事が出来ないようだった。
男は少女を脇に抱え、片腕だけで幾体かの敵とやりあってきた様子が、全身の鎧の傷から覗える。
近い場所には赤い血を流す敵はあまりいない。――つまりそれは彼の。
男は少女を降ろすと、
「てへへ……。ちっと道に迷っちまいましてね。大したことは……」
と言いかけて、その場に倒れた。
「ドラスさん! ドラスさん!! 死んじゃいやああああっ!!」
少女――ロインの侍女、ラミハが叫ぶ。
「まさか。キミとデートするまで死にゃあしないさ」
軽口を叩きながら、同じ口で血を吐いている。
さっきまで寝ていた薬師が、ずいと前に出てきた。
数秒、血まみれのドラスを診ると、
「おじさん、鎧を脱がせて。止血だけするから」
それだけ言うと、薬師はドラスに軽く魔法をかけ、周囲に結界を張りはじめた。
「手伝ってくれるかの」
「ええ」
細工師・ヒウチがマイセンに言った。
二人は手早くドラスの鎧を外し始めた。
「俺らは何をすれば……」
晶が訊いた。
「陛下は周囲の警戒を。お嬢様は彼女の面倒を見て差し上げてくださいまし」
「おう」
「わかったわ」
ラミハは甲冑の解体のジャマだからと、ドラスに近寄ることも出来ず、少し離れた場所で座り込んで、泣いていた。
彼女もまた、ドラスの血をいささか浴びている。
「私のせいだ……私の……ドラスさんしんじゃう……私のせい……」
結界を張る作業から戻った薬師が言った。
「彼はしなない。私が治すから」
「薬師様ぁ……」
「まだまだ元気。こんな程度で死なれたら、私の沽券に関わる」
「うう……そう、ですか」
ラミハは、素直に安心していいのかどうなのか微妙な気分になった。
ヒウチとマイセンに丸裸にされたドラスは、あちこちに深い傷を負っていた。
とっくに出血多量でショック死に至っていてもおかしくなかったが、止血の魔法でなんとかもっているようだ。
薬師が手早く液体薬品で患部を拭くと、粉薬を傷に盛っていった。
粉は傷口から体内へと吸い込まれ、ぶくぶくと小さな泡を立てはじめた。
「私も魔導具で戦うって言ったのに……。私を抱えてたから盾も捨てちゃって……。みんな私が悪いんだ……」
ラミハは帽子をさらに深くかぶり、体を丸めて小さく小さくなった。
ロインは、彼女をどう扱えばいいのか分からず、ただ横に立っているだけだった。
「……なんも、悪くなんか、ねえよ」
「ドラスさん!」
ラミハが慌ててドラスの傍らに這ってきた。
「ドラスさん、まだ起きたらいけないわ。治療中よ。静かにしてて」
マイセンがドラスを押さえつけた。
「まだデートしてねえのに……死ぬわけないだろ」
「やっぱバカです……バカじゃないですか……バカ……死んだらどうするんですか」
「なんだよ。さっきはあんなに死ね死ね言ってたくせに。やっぱ俺のこと好きなんじゃないか」
「バカなこと言わないでください! もう……バカじゃないですか……ったくもう」
「……あーあ。俺は、ここまでかな。さっき陛下に啖呵切ったばっかなのに」
「帰還する必要はない。あと1時間で回復し、戦線に復帰可能だ」
薬師が腕組みをしながら言った。
「はやっ。まだ死ななくていいみたいですよ、ドラスさん」
「もうちょっと休みたかったなー……。ラミハちゃんの膝枕、とかで」
「バカっ、しらない、エロおやじ!」
ラミハはぷい、と後ろを向いてしまった。
「つれねえなあ……。ごふっ」
「だから動かないでって言いましたでしょ、ドラスさん」
マイセンはドラスが吐き出した血をガーゼで拭った。
☆
一人結界の外で番をする魔王。
血に慣れておらず、気分が悪くなっていた。
下り階段まではあとわずかなのに、待ち時間だけが増えていく。
ルパナの結界があれば安全ではあるが――。
「俺、たしか回復魔法も持ってるはずなんだけど……。ああ……これじゃあ、擦り傷ぐれぇしか治せないなあ……。っていうか、レベル1ってどんだけ程度低いんだよ。
……部下一人、助けられないなんて。どんだけ無能だよ、俺」
品数だけは膨大にあるものの、ろくに使えもしない安物の呪文だらけで、魔王は心底うんざりしていた。