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第18話 地下四階(4)剣士と侍女の事情

「待ってラミハちゃん! そっちは危ない!」


 みんなの所から逃げ出したラミハをドラスが追っている。

 ラミハはろくに前も見ずに走り続けている。

 フル武装のドラスが全速力で追いかけても、身軽な少女の足にはなかなか追いつけなかった。


「頼むから止まれって!」

「やだあ! ほっといてよバカー!」

「前! 前を見て!」

「うっさいな!」

「止まれ!」

『『ギャアアアアアアア』』

 頭上の人形たちまで叫びだした。

「あんたたちまでうっさ、――ぎゃあっ!!!!」


 そこは、曲がり角だった。

 ラミハは、壁の中に入るほどの勢いで、ダンジョンの石壁と正面衝突してしまった。カエルと熊は、衝撃で床の上に落ちてしまった。


『イてテ……、オイみんな大丈夫カ?』

 熊が皆に声をかけた。

『大丈夫ダよ』

 カエルが匍匐前進で熊に接近してきた。


「だから危ないって言ったじゃないか。……どこも怪我してないか?」

 やっと追いついたドラスが、頭を押さえて床をのたうち回っているラミハの側にしゃがみこんだ。


「いつつつ……、ドラスさんがわるいんだ。どっか行っちゃえ」

「そうは行くか。キミをこんな場所で一人にするぐらいなら、誘拐して逃げてやる」

「バカじゃないですか」

「そうだな。だけど、ムダに生きながらえるよりは、バカな生き方した方が楽しいと思わないか」

「………………だから、わざとあんな危ない任務やってたんですか。テロリストの中に入ってスパイするなんてこと。志願したって知ってるんですよ、私」

「だったら何なんだ? 俺の生き様にキミがもの申すとでもいうのかい?」

「………………べつに。好きにすればいい」

「じゃあ、好きにさせてもらおう。この命、キミのために使う。そう決めたんだ」

「バカじゃないですか。あたまおかしいです」

「バカ上等。今まで死に場所を探して生きてきたが、もうやめだ。キミという生きる理由が見つかったから」

「だからって、なんで私なんですか。おかしいじゃないですか。年だってすごい離れてるし、種族だって違うし、私背も低いし胸もないし、ぜんぜん釣り合わないし」

「それ言ったらキミのご主人はどうなんだい?」

「ううう」

「……こっち向いてくれないか?」

「イヤです」

「ふう……。俺のこと、そんなに嫌い?」

「そういう問題じゃないです。私にはお嬢様にお仕えするという仕事が――」

「じゃあ名人に弟子入りする話は何なの」

「あれは、つい……その……」

「そっちが本心なんだろう?」

「……」

「俺、応援するから。なりたいんだろう? 細工師に」

 ラミハは無言でうなづいた。

「お嬢だって別に止めやしないよ。好きにさせたいと言ってたしな」

「信じられない……」

「あのお嬢に、どうしてそこまで義理立てするんだ? 何年もキミをほったらかしにしてたあの主人に」

「……いないから」

「いない?」

「お嬢様しかいないから。私、身寄りもないし」

「戦災孤児かい?」

「ちがう。父が戦争でいなくなって、母が私を連れてお屋敷で働いてて。でも、数年前に死んで。どこに親戚がいるとかそういうの、全く知らないし。だから」

「……悪かった。つらいことを思い出させて」

「べつに」

「だが、あの女……いや、お嬢にそこまで義理立てする必要があるのか? 彼女はキミのこと、厄介払いしたがってるんだぞ!」

「……なんでドラスさんが怒るんですか」

「だって、」

「分かってますよ、そんなこと。ご実家にいたころからそうです。どれだけ付き合い長いと思ってんですか。お嬢様の腹づもりなんかとっくに分かってるんです」

「ラミハちゃん……」

「私がご実家から厄介払いされて魔王城に行って、久かたぶりにお嬢様と会ったときだって、――ろくに口もきいてくれなかった。別に私はただの使用人なんだから、それでもいいですけど、でも……」

 ラミハの声が震えた。

「あんまりじゃないかと。それでも私には、お嬢様しかいなかったから。だから」

 ドラスはラミハの肩にそっと手を掛けた。

「依存で自己を維持しようとするのは、身を滅ぼすぞ。もうよすんだ、そんなこと」

「……だからって、ドラスさんと付き合ったりしませんから。そんな手には乗らないんですから。――そうだよ、大人はいつだって、子供を利用することばかり考えて」


 ドラスは大きなため息をつくと、ラミハを抱き上げた。


「ちょ、やめてください」

「いいかよく聞け。俺はな、キミを子供扱いする気はさらさらないし、養女にしようとしてるのでもない」

 ラミハはぷい、と横を向いた。

「情婦にしようとしているんでもなければ、家政婦にしようとしてるんでもない。

 俺は、キミを俺の……」

「俺の何なんですか。いいかげん離してください。さっきっからスナック感覚で私のことハグして……。恋人でもなんでもないのに」

「俺の嫁にしたいんだ」

「いやです」

「いいって言うまで離さない」

「バカですかバカですか、はやく死んでください」

「いやだね」


「なんで嫁なんですか……。なんで私が。ドラスさんなら親衛隊で身分も高いんだし、だれでも嫁に来るでしょ。人間の私なんかと結婚する理由なんてないじゃないですか。魔王様でもあるまいに…………そんなの、どうしたら信じられるんですか。もう貴方の茶番も、大人に騙されるのもかんべんです。はやく死んでください」


「信じられたら、結婚してくれるのかい?」


 ラミハの体がピクリと跳ね、固くなった。


「そ、そんなの、聞いてみないとわかんないし」


 ドラスは愛おしそうにラミハを抱きすくめると、

「この間の作戦で、剛胆で生き生きとしたキミのことが、気に入っちゃったんだ。

 それ以来、キミのことが頭を離れなくなって……。それだけじゃあダメかい?」


「――私のこと好きな人なんて、いるわけない。いるわけ……。そんなの、信じられないよ。そんなのおかしい……」

 ラミハは声を殺して泣きだした。


「可愛そうに……。あまりにも愛情を与えられずに育ったから、無条件に愛されることが信じられなくなってしまったのか……」


 いくら売られたケンカとはいえ、ビルカが面白半分で続けてきたあの戦争さえなければ、彼女の父も母も亡くすことなく、別の人生を歩んできたかもしれないのに。

 敵側として戦争に荷担したことが、ドラスの心に重くのしかかっていた。


「俺も、キミと同じ。ひとりぼっちなんだよ」

「――え?」

 ラミハは顔を上げてドラスを見上げた。

「……いやいや、騙されませんよ、そんなこと。騙されないんだから」

「隊長にでもモギナス卿にでも聞いて、裏取ってもらって構わない。

 俺の一族と領民は、火山の噴火で全滅したんだ」

「ぜん……めつ」

「俺だけ魔王都にいて助かった。思い出も家族も何もかもが溶岩に飲み込まれて、故郷は焼けて消えた。俺にも、家族はいないんだ。今では親衛隊が家族みたいなもんだがね」

「自分だけ生き残ったから……だから死に場所を?」

 ドラスは答えず、苦笑した。

「それで……。それでさ。お、俺たち、家族にならないか?」

「恋人すっとばして、家族ですか。なんですか……。なんですかそれ……」

 ラミハはうつむいた。

「なんですかって、そのまま……だけど。プロポーズというか」

「なんですか……。バカじゃないの。こんなの、おかしいよ……。っていうか、私親衛隊と親戚とかいやですから。そんなの……こんなとこでプロポーズとか……」

「俺、このダンジョンに出会い目的で来てるから。場所とか関係ないから」

「なにそれ……あたまおかしい」

「キミがいるから、俺は来た。このダンジョンに。簡単な話さ」

「なにかっこいいこと言ってんですか……イケメンでもないくせに、いや、イケメンだったっけ……ったく、なんなのもう……なんなの」

「魔族は人間と違って比較的容姿が整ってることが多いから、人間のご婦人に美形と言われることも少なくないが、魔族基準じゃ普通だから、俺」

「そういうこと聞いてるんじゃないです」

「俺これでも必死なんだよ、いっぱいいっぱいで。でもリハーサルしたからまだマシで……」

「リハーサル?」

「いや、聞き流してくれ。とにかく俺は本気なんだ。ウソじゃないよ」

「………………いま、返事しないとダメですか」

「いや、帰ってからで構わない。そうだ、帰ったらデートしよう。城下には面白いものも、美味しいものもたくさんあるぞ」

「……デート、なら、べつにしてもいいですけど。でも」

「でも?」

「ぜんぶドラスさんのおごりですからね。じゃなかったら行かないし。あと、着てく服とかないから買ってくれないと行かれないし」

 仏頂面でラミハが言った。

「わかった。じゃあ、まず買い物に行こう。必要なものは何でも買ってやるから。……まあ、常識の範囲内で」

「私、ホントに何も持ってないですよ。高くつきますよ。後で困るとか言われてもしらないですからね」

「言わないよ。言わない」

「……じゃあ、行きます」

「よっしゃああああああああ!! デートの約束ゲットだぜえええええ!!」

「しーっ。こ、声おっきいよ、ドラスさん。敵が来ちゃう」

「俺を誰だと思ってんだ。親衛隊で一二を争う剣の使い手だぜ。

 キミは俺が必ず護る」

「絶対だよ。絶対」

「ああ」


 ――俺が、彼女が信じられる最初の大人になってやるんだ。


 ドラスは力強くうなづいた。


                  ☆


「んー……。そろそろ終わったかな?」

 お茶をすすりながら晶が言った。

「やれやれ。これで私もひと安心ね」

 と、ロイン。

「ロインちゃんも、ちったあ大人になったんかな」

「なにそれ。バーカ」

「お前も王妃になるんだから、その口の悪いのマジどーにかしないとマズいぞ?」

「大丈夫ですー。そういう時はちゃんとするもん」

「普段から素行が悪いと、いざって時に地が出るんだよ。知らんぞマジで」

「いーだ」 

「ご安心ください、陛下。お嬢様は私がきっちり仕上げますので」

「ひいいっ」


 マイセンは苦笑しながらカップを片付け始めた。

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