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第16話 地下四階(2)魔王、逡巡する

「なあ、ちょっと待ってくれ」


 魔王・晶が前を行くマイセンとヒウチに呼びかけた。

 彼は胸騒ぎがして、横道に入るのをためらった。


「どうかされましたかの、陛下」

 ヒウチとマイセンが横道の入り口まで戻ってきた。

「ここ入ったら、もう下に行く階段なんだよな」

「おそらく」

「……なんだか、下に行っちゃいけない気がするんだ、俺」

「ちょっと何言ってんのよ、宝探しのためには下に行くしかないのよ、アキラ」

「そうだけど……でもお前だって、今さっき帰りたいって言ってたじゃんか」


 ロインは髪の毛をいじりながら、ごにょごにょ言っている。


「……そもそも、この迷宮に行けって言ったのはモギナス様なんだよね。

 わざわざ魔王様に行けって言うくらいだから、もんのすごい財宝とかあるはず」

「それはどうかな、ラミハちゃん」

「違うんですか、ドラスさん」

「最初から金品は目的じゃあなかった、としたら。陛下を育てるためで、手に入れた財宝はオマケだとしたら……」

 そう言いながら、ドラスは横目でちらとマイセンを見た。

「憶測がいろいろおありなのは理解致しますが、私も皆様以上の情報を持っているわけではございません。真意の程は城に戻り、叔父上を問い正してみなければ……」


 ずい、と前に出たヒウチが言った。

「陛下の訓練、それだけだったとして、何か問題でもあるんですかな?」

「だって結婚式が……」


「ロインちゃんよ、正直、そこまで国庫がひどいことになってるとは思えないんだがなあ。こんなちまちま宝漁りするぐらいなら、コスプレ衣装や頭が回転するハンガーを大量生産して諸国に売りつけた方が安全に金が稼げるだろうし。

 そんなもんを一蹴出来るぐらいの一発逆転級のお宝がこの下にあるとしても、換金しねえことには国庫に金を詰めることも出来ない。

 しかし、人間の買い手がつくような財宝が、果たしてどの程度地下にあるのか。ぶっちゃけそれ売っていいもんなのか。考え出すと、いろいろ疑問は尽きないんだよな……」


「ございますぞ、陛下」


「ヒウチさん……ホントかい?」

「モギナス卿も、ちゃんと説明をしてから送り出せばよいものを。冒険者が強い疑問を抱き、覚悟も出来ずに迷宮を進むほど、危険なことはございませんぞ」

「確かに、そうなのは分かるが……。じゃあ、俺は何を信じればいい?」

「こちらを」

 ヒウチは腰のポーチから、小さなガラス瓶を数本取り出した。

「これは……砂?」

 ヒウチはうなづいた。

「砂は砂ですが、この砂は、これだけの量で機動商船を一年間動かすことが出来ますのじゃ」

「――エネルギー資源か!」

「そしてこちらが、樽千本分の水を飲めるように出来る砂ですじゃ」

「すげえ……」

「この迷宮には、こうした資源が壁や床からしみ出して結晶になってることがありましての。細工物の材料を集める片手間に、細かい結晶をこうして集めておりますんじゃ。そして、ワシ一人では行かれぬ深い階層には、これらの大きな結晶が。それを持ち帰れば莫大な利益が得られるんですじゃ」

「確かに、今まで手に入れた金品宝石なんかで国庫が潤うなんて、ちっと夢みてえな話だと思っていたが、そうか。そういう話か」

「私も大漁、大漁」

 そう言うのは薬師のルパナだ。革袋の中に集めた怪しいキノコやコケ、昆虫の死体を晶に見せつけている。

「それは……薬の材料か」

「貴重な薬が作れる」

「なるへそ……。地下には様々な資源があり、我々が探索する価値があることは認めた。それはそれとして、そんじゃあ壁向こうの危険地帯から、一気に深いとこまで降りた方がやっぱ金にはなるんじゃんか?」

「それでは全滅してしまいますわ」

「えー」

「いくら財宝や経験が大事とはいっても、死んでしまっては元も子もありません」

「……下ってそんなにヤバいの?」


 マイセンはもったいつけて一瞬間を置くと、静かに言った。


「聞いた話では、ビルカ様でも無傷では済まなかったと……」


 PT全員が凍り付いた。


「ですが、理論上はアキラ様がいれば、最深部まで行かれるわけでございまして……。出来れば早急にそのような状態になって頂ければと」

「ムチャすぎんだろマイセン」


 だが、晶はふと思い出した。

 出がけの城でモギナスが言っていた言葉を。


『レベルを上げて頂ければ、何の問題もございません』

『魔王専用の武具は、神より賜りし神器に等しい』

『貴方は魔族の頂点に立つお人です』


「うーん……。うううう~~~~~~ん……」


 ――俺は俺で俺ではないけど俺は俺だしええっとええっと……


「アキラ、よくわかんないけど、自分を信じようよ。私はあんたを信じてる」

 ロインが晶の両肩にぽんと手を置くと、無根拠な自信満々の笑顔で彼の目をじっと見つめた。


「わかった。俺、下に行くよ」

 晶はロインにうなづいた。

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