「おー久しぶりじゃのう、元気にしておったか?」
ドワーフの細工師・ヒウチが、祭壇のような場所に座っている、オモチャのカエルに話しかけている。
少し広めの部屋に入った一行は、ヒウチにくっついて皆祭壇前にいる。
「はは、なんかかわいいですね。オモチャに話しかけるとか」
ギャップ萌えとでも言うのか。そんなものを感じて、魔王が言った。
「ただのオモチャではございませんぞ、陛下」
カエルは金属製で、手にしたらずっしりとした感触が得られそうだ。
服をまとったそのカエルは、飲食店で使われるステンレスのトレーのような円盤の上におり、よくよく見ると動いている。
――ロボットなのだろうか。いや、ここは異世界だぞ?
『あーあー、ヒウチよー、よく来てくれた! お主はいつもここをスルーしてしまうから、もう50年も待ったゾ』
なんと、カエルがしゃべった!
「ん? 何かあったのか?」
『あったじゃないゾ、見てくれ、この足を! コレでは踊ることも出来ないゾ』
そう言って、カエルは着ていたケープの端を持ち上げて見せた。
カエルの片足は胴から外れており、盆の上に置いただけになっている。
「おお……、可愛そうに。済まんかった済まんかった。これでは確かに、自慢の踊りも出来はすまい」
ああ……、と周囲からも嘆く声が漏れる。
ヒウチはカエルの服を脱がせ、盆の上に寝かせると、手元にカンテラを置いて、哀れな旧友の診察を始めた。
「どれどれ……ううむ……」
しばらく時間がかかりそうだと思ったドラスは室内の物色を始め、マイセンは出入り口などの警戒をしている。
夏休みのホームセンターで催される工作教室よろしく、魔王、ロイン、ラミハは、マイスター・ヒウチの手元を凝視していた。
『どうダ?』
「結論から言うと、工具と部品が足りない」
『なんと……治らないのカ……』
カエルはしくしくと泣きだした。
「慌てるな。お主をワシの工房に連れて帰って治してやろう。ただし、魔王様たちの御用が済んでからじゃ。それでもよいか?」
『ヤッター!ヤッター!ヤッターカエル!!』
「よしよし、じゃあ服を着て……、うむ。では、ワシのカバンの中に――」
『コッチのキャワイイ女の子の方がイイ!』
カエルは器用に両手片足で飛び跳ねると、ラミハの帽子の上に着地した。
「キャーッ! や、なに、急に」
ラミハの悲鳴を聞きつけて、ドラスがダッシュで戻ってきた。
「どうしたんだ! ラミハちゃん!」
「いやその……これが」
彼女は自分の帽子の上を指差した。
『オウ、見晴らしがイイぜ! イエイ!』
「……なんだコイツ」
「いま治せないから、連れて帰るっておじさんが」
「それが何でラミハちゅわんの帽子の上に張り付いてやがるんだ? え?」
「しゃーねーだろ、おっさんのカバンの中じゃイヤだってゴネてんだから」
「しゃーねーで済んだら親衛隊は要りません、陛下」
「意味わかんないし」
「お嬢様~、わかんないとか言ってないで取ってくださいよ~」
『イヤだ! 離れナイゾ!』
カエルはひし、と帽子にしがみついた。
「こんの野郎! 調子に乗りやがって! 貴様は生肉と同居がお似合いだ!」
ドラスは、カエルを引きはがそうと試みた。
「おいおい、おめえさんたち、治す前に壊さないでおくれ」
「すんません」
ドラスはギギギ……と歯ぎしりをしている。
「くっそ裏山……くっそ裏山……ギギギ」
「兄さんよ、ちった隠せよ。嫉妬MAXだぞ」
「しかし陛下」
「ドラスさん、やっぱ毒ガス吸ってからおかしくなってるー。お薬飲んだ方がよくない?」
「ラミハちゃんまでひどい」
☆
カエルで足止めをくらったついでに、祭壇のある広間で休憩をすることになった。
ヒウチはさきほど入手した新鮮な素材で鍋を作りはじめた。
そんな中――。
ごにょごにょとロインがドラスに耳打ちしている。
「ねえ、マジでうちのラミハが欲しいの? だったら協力しなくもないんだけどー」
「えっ………………、ま、マジですか、お嬢」
「マジよ」
「マジで」
「最近私実家から荷物とか引き上げたんだけど、放置してた侍女まで引き上げさせられちゃって……。多分食い扶持を減らしたかったんだと思う」
「あんた、一体侍女にどういう扱いをしてきたんだ」
「えーっと……。数年間家に戻ってなかったんで、まあ、放置?」
「不憫な……(泣)」
「で、城に引き取った、というか引き取らせられたのはいいんだけど、すっかりマイセン二号になっちゃってて……」
「ああ、ぶっちゃけ息苦しいと」
「話が早くて助かるわ、ナイスガイ」
「いえいえ。お察し致します。して、何か作戦でも?」
「まだノープラン」
「ああ、そうっすか。……でも。ご協力、謹んでお受け致したく存じます」
「いえいえ。利害一致ということで」
「あーでも」
「何か問題が?」
「夢の中で、ラミハちゃんはお嬢様のお世話があるので、と言っていたから、俺も城住まいなので今の生活はほとんど変える必要はないよって、言っちゃったんですよねえ。きっと現実でも同じ流れになりそうで……」
「……ありえる。というか、必ずそうなりそう」
「デスヨネー……」
「あ!」
「な、なんですか、お嬢」
「くくく。いいこと思いついた」
「おお」
「あの子、親衛隊に入れちゃえばいいじゃない」
「……それって、ご自分が騎士団のお飾り入団した件から思いついたやつで?」
「魔王国には騎士団ってないんでしょ」
「個別の騎士はいることはいるんですが、基本的に兵士は人民ではなく、デク人形や魔法生物を使うので、人間の国と組織体系が違うんですよね」
「じゃあ、魔族の騎士は、管理職みたいな?」
「そうです。あとは、後方支援とか、そういう裏方仕事が多いですよ」
「なるほど……。魔族ってやっぱ進んでる……」
「だから、お嬢のアイデア、間違っちゃいないわけで」
「問題は、どうやって親衛隊にねじ込むか……よね」
「彼女の性格からすると……」
「「むずかしい……」」
ドラスはウサギスープを食べながら思った。
あれほどまでに主人に忠義を尽くす少女が、ないがしろにされている。
いくら利害が一致するとはいえ、愛する少女があまりに不憫でならなかった。
――やはり、俺が全身全霊を賭けて愛してやらなければ――
ラミハの娶りに闘志を燃やすドラスだった。
「ところで名人、魔導具師ってどーやったらなれるんですか?」
ラミハが細工師に尋ねた。
「やりたいと思えばなれる。根気は要るがの」
「私、師匠に弟子入りしたいです!」
「「「ええ――ッ!?」」」
「あ、そ、そうなんだ。ラミハってそういうの興味あるカンジだったんだ~。へ~、や、やったらいいじゃない? ねえ、アキラ」
「いや芸事の弟子入りなんて簡単に言うもんじゃねえぞ。だいたいヒウチさんにも事情があるんだし」
「そ、そそ、そうだよ、ラミハちゃん、細工師なんてそんなパッとなれるもんじゃないんだし、それに女の子がやる仕事でもないんじゃないかな」
「なんですか! 魔王様も、ドラスさんも! 私が細工師になったら、何かいけないんですか!? え? 味方ってお嬢様だけ?」
「わしはかまわんよ。ドワーフも最近の若いもんはチャラチャラした仕事ばかり好んで、この業界はなかなか後継者が増えないと困っておったからの」
「そんなあ……」
お嬢の裏切り者! と言いたげな目で、ロインを睨むドラス。
そんな視線を笑って誤魔化してかわすロイン。
ダンジョンに出会いを求める親衛隊員の苦難の道のりは、まだ始まったばかりだ。