「キャーッ! どこ触ってるんですか!」
「あ、ごめんラミハちゃん、それ俺の盾かも」
「ちょっと押さないでよ! 転ぶでしょ!!」
「お前の槍が足に引っかかってんだよ、そっちこそどーにかしろよ」
「ごめん、それ、私の杖」
「いたいいたいいたたたた、誰だねわしのヒゲを引っぱるのは」
「申し訳ございません、私の弓が絡んでしまったようです」
全員で暗闇ゾーンに入ったら、案の定大混乱である。
「いいから皆の衆、まず足を止めるのじゃ。それから、一旦外に出て、ムカデのようになってくれんかの」
あれこれ引っかかったものや、進路を塞いでいたものを取り除き、暗闇の外に出ると、一列縦隊に並んだ。
「最初からこうすりゃ良かったじゃねーかよ」
「申し訳ない、陛下。普段は一人で行動してるでの、想像出来なかった」
「それではしょうがない」
最後尾にはドラス、その前にはラミハが並んだ。
「ドラスさん、どこ掴まってるんです?」
ラミハの脇の下に手を差し込んでいるドラス。
「いや、だって装備品が多くて、掴まれる場所が少ないんだよな~」
「だったら肩にでもしてくださいよ。落ち着かないです」
「ごめんごめん。じゃあ俺の盾持っててくれるかい?」
「いーですけど」
微妙にムっとしているラミハ。
☆
全員並んで暗闇ゾーンに再突入。
先頭のヒウチが壁に手を這わせながら進んでいく。
しばらく歩いたところで、ドラスがラミハの耳元で囁いた。
「そっと前の人から手を離して」
「どうして」
「俺が困るから」
「……わかんないけど、わかりました」
最後尾の二人が、列を離れてその場に立ち止まった。
暗闇の中は、音までもが吸い込まれていくのか、そう離れてもいないはずなのに、他の連中の足音がやけに小さくなっている。
「何がどう困るんですか」
ラミハの声が怒っている。
「なんというか……、このまま黙って下まで行くのはキツイというか」
「まさか、帰りたいとか言うんじゃないですよね?」
ドラスはラミハの背中から抱きすくめた。
「キミを帰したい」
「――え」
「俺、デカイ口叩いたけども、やっぱりキミを守れる自信がない。
ここは不慣れな地下迷宮だ。地上ならまだしも、こんな調子じゃあ、自分を守るので精一杯になりそうなんだよ。だから」
「わ、私だって、自分のことは何とかするし、お嬢様だって守る使命が――」
「そのお嬢様も、キミも、守ってるのは、魔王陛下だろ?」
「あっ……」
「俺じゃあ、ない。あ、いや……こんなことを言うつもりじゃなくて……その」
「あの……」
「なんだい?」
「どうして、私、なんですか」
「わかんない?」
「わかんないから聞いてるんじゃないですか。ふざけないでください」
「ごめん、ふざけるの、クセなんだ」
「もう、離してくれませんか。お嬢様たちとはぐれてしまう」
「だめだ。もう遅い。今から追っても迷うだけだ」
「なんなんですか! 離してよ!!」
「だめだ」
ドラスは更に腕に力をこめた。
「お前を離さない。俺といろ」
「……ちょ、なんですか、そ、その……ドS彼氏みたいな台詞、いいかげんに……」
「あ、そうじゃなくて、ああ、俺なに言ってんだもう」
「はあ???」
「――わかった」
「……やっと解放してくれるんですね。よかった」
「覚悟キメて、ハッキリ言うよ」
「え?」
『俺と職場結婚して下さい、ラミハさん』
「……いま、なんて」
「職場結婚して下さい」
「ちょ、ちょっとまってこんなとこであのあのプププププロポーズとか、それに私お嬢様の侍女だしその結婚とかまだ」
「だから、別に今の生活変えることないって。俺だって城に住んでるし、部屋を一緒にしてもらえばいいだけだよ。今までと変えることはごくごく少し。ね? 悪い話じゃないと思うんだよ。それに親衛隊は給料も福利厚生もいいし、子供出来たって保育所が優先的に使えるし育児休暇もあるし、それと別にシッター雇ってもいいし、そのぐらいの甲斐性も金もあるから安心して俺とけっこ――」
「なんでいまここでなんですか!!!!」
「あ――。えっと。暗いとこダメか?」
「どうして。そんな、大事なことを、こんな場所で――」
ラミハがしくしく泣きだした。
「……ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ。ただ、俺……」
「ただ、なんですか」
「いつもふざけてるのは、その……照れ隠しなんだよ。マジなこと言うと、失言ばっかになっちまうし……。だから、この真っ暗な場所の中なら、照れずに言えるかな、と思って……。でも、ダメだったな。……済まない」
「いえ……」
「でも、キミを城に帰したいっていうのも、本当だから。さっきのウサギみたいのがまた来たら……。あの頼りない魔王じゃ、キミを守れる保証もない」
「そうかもしれないけど……。でも、お嬢様を置いて帰るなんて出来ません」
「だよな。――わかった。俺、全力で守るよ」
「ねえ、なんで、私なんですか?」
「なにが」
「だから、その……。結婚相手。すごい年とか離れてるし、種族も違うし」
「それ言ったらキミのご主人はどうなんだい?」
「そう、ですね」
「この間の作戦で、剛胆で生き生きとしたキミのことが、気に入っちゃったんだよ。
それだけじゃあダメかい?」
「……かんがえときます」
「ああ、頼むよ」
☆
「――い、おーい、ドラスー! おきろー!」
「……?」
ドラスが気付くと、自分は石畳の上に横たわっており、魔王やラミハに何度も呼びかけられていた。
「あれ? 俺……ラミハちゃんにプロポーズして……」
「はあ!! わたし?? なに寝ぼけてんです?? ヘンな毒ガス喰らって、今まで寝てたんですよ。もー悪い夢見てたんじゃないんですか?」
「ん~……。あれは、いい、夢だった。
いや、いいリハーサルだったよ」