「ホッホー、大漁大漁♥」
ドワーフの細工師・ヒウチはホクホク顔で、何十匹という人食い兎の死骸をズタ袋に放り込んでいる。
この兎、地上ではあまりお目にかかれない珍味で、ダンジョンへ素材集めに来た際には、出来るだけ捕まえて帰るのだという。
「まだ先長いんですから、あんまり荷物を増やすのは……」
それに苦言を呈するマイセン。
「なに、心配にはおよばんよ。ここはわしの庭、所々に倉庫があるんじゃよ」
「ですが……ナマモノですよ?」
「ワシを誰だと思っておるのかね? 魔導具職人じゃぞ。城の調理場にあるアレを忘れたか?」
「あっ……失礼致しました」
話が飲み込めない晶が割り込んだ。
「どゆこと?」
「調理場には、食品を一年中冷たいまま保存することの出来る魔法の貯蔵庫があるのです。調整すれば氷も作れるすぐれもので、とても便利なのですよ、陛下」
「あー、それって冷蔵庫か。地球にもあるよ」
「さすが、文明のムダに進んだ原初の星だけはございますね」
「引っかかる褒め言葉ありがとう、マイセン。
でな、昔は箱の上部に氷を入れる方式だったんだけど、のちに電気で冷やすタイプが発明されたんだ。仕組みはよくわかんねえ」
「その氷はどこで作ってるの?」
とロイン。
「氷屋さんだよ。ある程度の大きさにカットしたやつを、荷車とかで毎日売りに来るんだ。それを各家庭のおかあさんが買って、冷蔵庫に入れてたわけ。
大昔は、冬の間に氷を作っておいて、地下なんぞに保管して、あったかくなったら切り売りしてたんだけど、冷蔵冷凍技術が開発されてからは、電気で動く機械で氷を作って、売り歩いてたんだ」
「へえ」
「昔の機械は大きくて業務用しかなかったから、そんな面倒臭いことをしてたんだが、後に家庭用の冷蔵庫が普及してからは、氷の塊を入れる方式の冷蔵庫はなくなった」
「じゃあ、もう氷屋さんはいないの?」
「いやいや、ちゃんと営業してるよ。お客さんは一般家庭ではなく、飲食店とか、生鮮食料品を扱う店向けなどの業務用になったけどな」
「いんしょくてん? せいせん……ってナニ」
「飲み物や食べ物を提供してる店。生鮮食料品ってつまり、魚とかの生ものの食べ物を売ってる店だよ」
「う、うん……?」
「よしよし、お前にはまだ難しいな。あとでゆっくり教えてやる」
「……うわっ! どどどど、どうしたんすか、ヒウチさん」
いつのまにか晶のすぐ脇にポップしたヒウチ。
じっと尖った耳をそばだたせていた。
「陛下、わしもその話、詳しく伺いたい」
やや飛び出した眉骨と、ぷっくりつやつやしたほっぺたの間に埋もれたつぶらな瞳が、らんらんと輝いて、魔王をガン見している。
「あ、ああ、構わないよ。時間がある時にでも」
ずい、と顔を寄せて、一段低い声でヒウチが念を押した。
「必ず、ですぞ」
「お、おう」
☆
「地図によるとこの先は行き止まりのようですが……。真っ黒い壁がありますし」
マイセンが古い見取り図を片手に、不気味な壁を指差した。
見取り図によると、地下二階には、このような黒い壁がいくつか存在していた。
「だが、不自然な空間があるようにも見える。何だろう……」
ドラスが顎に指を当て、小首を傾げている。
「最初に城で見取り図を渡された際も不自然に思ったのですが、なにせこの遺跡は長いこと放置されていましたし、当時の担当者も戦争で亡くなっておりますので、この空間のことを聞く手立てもございませんでした」
「わしに聞けばよかったのにのう」
ヒウチがヒゲをもてあそびながら言った。
「左様でございますわね。
名人の存在も、叔父上から伺うまで存じ上げませんでしたし……。その節は大変失礼を致しました」
「いや、詫びなど不要じゃ。城の人間が来ようと来まいと、わしらには大した影響はなかったのだから。
むしろ忘れられていたおかげで、戦争に巻き込まれずに済んで良かったと思っておるわい」
「そう言って頂けると嬉しゅうございます」
ヒウチはうむ、とうなづいた。
「さて……。この真っ黒くろくろ壁のことじゃが」
「「「くろくろ壁……」」」
魔王、ロイン、ラミハが口を揃えて言った。
「実はこの先にも空間があるのじゃ。
光が吸収されて、何も見えなくなっているだけでの」
「まっさか、そんな。何も見えない空間だなんて」
冗談めかしつつも、微妙に顔を引きつらせてドラスが言った。
「魔族なら全面的に魔法とか信じるんじゃないのか?」
「限度がありますよ~、陛下。だいたいこんなの、聞いたこともないですし」
「限度ねえ。まあ、どこの世界にもそれ相応のテクノロジーと常識があるわけだしな。あまりに荒唐無稽なら、そういう反応にもならあな」
「御意」
「あたしらは、何見てもすげーになっちゃうんですけどねー、お嬢様?」
「ねー」
「そりゃあ育った国が違うんだから、しゃーねーし、気にすることでもねえよ。地球でも地域差は激しいんだから」
「う、うん……そうだよね、アキラ」
微妙にトーンダウンしたロインを、マイセンが生暖かく見守っていた。