「うええ……ぎもぢわるい……」
晶は回転床のトラップに何度も乗って、ひどく酔っていた。
ロインなどは最早声も出ないほど気分が悪くなって、槍の柄を杖代わりにしてようやく歩いている。
「だから酔い止め飲んで下さいって言ったじゃないですか」
と、ラミハ。
「俺は根性で頑張るとか、薬が不気味だから飲みたくないー、とか、お二人ともわがまますぎですー」
「「だってえ……」」
他のメンバーには、大した影響は出ていないのだが、極端に運動不足な魔王とロインは、三半規管が弱り過ぎていて、酔いから回復出来ていない。
仕方がないので、しばらく立ち止まって休むことになった。
「ったくもう、あとで面倒臭いことになるんですから、これ飲んでくださいよー」
そう言ってラミハが二人に差し出したのは、串刺しになったイモリの干し物に、極彩色のザラメのような結晶がまぶしてある物体だった。
お菓子だったとしても、かなりの悪趣味である。
「これ、すぐ効くから、だいじょぶだいじょぶ。サクサクしておいしい」
薬師が全力でお勧めしてくる。
「ほらー、こわくなーいこわくなーい」
ルパナが懐から取り出した極彩色イモリをバリボリと食べ始めた。
「お、おう……」
こわごわ串に手を出したのは晶だった。
ペロリと結晶を舐めてみる。
……甘い。
念のため、水筒を用意してから、一気に口の中へ入れ、串を引き抜いた。
二三回咀嚼すると、うっとうめき、固まった。
「ぐ……ぬぐうぐぬぐ」
目にいっぱいの涙が、いまにもこぼれそうだ。
「だめ、吐いちゃだめ。そのまま飲む。さあ」
ルパナは晶の口を押さえ、目をいっぱいに見開いて、彼の顔を凝視している。
ごくり。
晶がイモリを飲み込んだのを見届けると、ルパナは満足げに手を離した。
薬の効果を確信しているからこその表情なのだろう。
晶は急いで水筒の蓋を開けると、ごきゅっごきゅっと喉を鳴らして水を飲んだ。
「……どう、ですか。魔王様」
ラミハが不安そうに声をかけた。
ロインは両手で口を押さえながら、ラミハの後ろから様子をうかがっている。
「お……」
「「お?」」
「おお……。なんか、胃の中と頭の中、スッキリしてきたぞ」
「わ、わたしも食べる!」
ロインはラミハの持っているもう一本のヤモリ串を奪い取り、バリバリと貪り食った。
「おい、飲むか?」
晶がロインに水筒を差し出す。
彼女はこくこく、とうなづくと、水でヤモリを胃の腑に流し込んだ。
晶は彼女の背中をさすってやった。
「どうだ?」
「……………………あ。効いたかも」
「かもじゃない! 効くの!」
ルパナが杖で床をゴンゴン小突きながら怒り出した。
「まーまーまー。分かってますって薬師どの」
今まで壁に寄りかかっていたドラスが兎耳の機嫌を取り始めた。
ダンジョン内で床を叩くなど、危険行為もいいところ。
早々に止めさせるのが吉である。
「むうー」
「ああ……。親衛隊員殿の気遣いも、間に合わなかったようじゃの」
ドワーフは二本のハンドアックスを構え、深淵の奥を見据えていた。
「少々、数が多いようでございますね」
マイセンもドワーフの視線の先に、構えた短弓の鏃を向けていた。
ドラスもすらりと剣を抜き、魔王の前に出た。
「陛下」
「おう」
「これから来る敵は数が多いので、お嬢さん方三人を障壁で囲っていて下さい」
「そんなに多いのか」
「早く。見ればわかります」
普段くだけた雰囲気のドラスの声に緊張が混じる。
マイセンは見えない向こうへと矢を放ち続けていた。
晶は、遊んでいる場合ではないと察した。
「おまえら、急いで俺にくっつけ! クリスタルウォール!!」
魔王の周囲を、輝くガラス板のような壁が円筒状に覆った。
壁は床から天井まで届き、敵の侵入する隙間はない。
次の瞬間――
キィキィ、と金属を引っ掻いたような鳴き声が、大量にPTへと押し寄せた。
床、左右の壁、天井、と四面を走るソレは、白く小さな獣だった。
「ねずみ……いや、兎!? う、うあああ!!」
晶は思わず少女たちを抱き寄せ、頭を低くした。
壁越しに押し寄せた白い波は、いくらかが左右の壁から後方へと走り去ったが、多くの獣が、光の壁の外にいる連中に襲いかかった。
「はあああああッ――!!」
短弓から二本の曲刀に持ち替えたマイセンが、次々と獣を切り刻むと、足下に白と赤の塊が床を埋め尽くし、
「ふぬうぅぉおおおおッ」
ヒウチが二本の手斧を振り回すと、ピギャッ、ギイッ、と悲鳴を上げながら獣が壁や床に、臓物をまき散らしながら弾き飛ばされていく。
「くぅっ、きびし――ッ」
小動物との戦いに不慣れなドラスは、体のあちこちを兎に囓られながら、必死に剣と盾で応戦している。
すわ血みどろに、と思わなくもないが、親衛隊仕様の全身鎧は彼の体をくまなく覆い、野獣の牙から護ってくれている。
光の壁の内側で、ただ見守るしかない四人。
唐突に始まった惨劇に、目を覆いたくなった。
「こわいよ……」
晶の腰にしがみついたロインがつぶやく。
「ああ、俺もだ。こんなの、ムリ。いくら装備があったって、捌き切れねえよ……」
「私も、お嬢様をお守りするなんて大口叩いてたけど、これは想像のナナメ上です」
「兎、かわいそ……」
「ああ、ルパナ的にはそういう感想な。うん、なんか、アレだな、よしよし」
「よしよし」
「よしよし」
「うう……。なに、みんなして」
「いや、なんとなく、な」
時折光の壁にぶつかり、赤い筋をなすりつけながら床に肉片が落ちていく。
「ひいッ。……こいつ、固いのか。それにしたって……」
文明の進んだ大都市からポンと放り込まれた晶には、あまりにも刺激が強い光景で、この先のダンジョン攻略への不安が増すばかりだった。