「やれやれ、やっと出発だぜ……」
「アキラ、城に帰りたいとかナシだからね!」
初手からうんざり顔の魔王とその一行は、朝食後キャンプを後にした。
さっきゲロを吐いたわりには元気なロインが、早速ぐったりしている伴侶の腕をぐいぐい引っぱっている。
「此の期に及んでさすがにそれは言わねーよ。むしろお前の方が、『やだー』『かえりたいー』とか泣き言いいだすに決まってる」
晶は己の心に折り合いをつけ、覚悟を決めてこの遺跡に足を踏み入れたのだ。
国王として国庫を潤し、自身のレベルを上げ、結婚資金も調達せねばならない。
遊び半分物見遊山半分の婚約者と一緒にされてはたまらない。
「言わないもん。お宝見つけるまで言わないもん」
「お嬢様、帰るまでが冒険ですよ」
ラミハが釘を刺す。
「言われなくても分かってるわよ」
先頭を歩いているヒウチが後続に声をかけた。
「おめえさんたち、朝から元気なのはいいが、はしゃぎ過ぎなさんなよ。先は長いし、何があるか分からん。いちいちビックリして、他のメンバーを危険に晒すことのないよう、十分注意するんじゃぞ」
「「「はーい」」」
「ヒウチ殿、昨日の下見では三階層程度しか見ておりませんが、内部機構はまだ動いてますか?」
マイセンが尋ねた。
「わしの出入りしている範囲では、ほぼ機能は維持されておるな。住人の方もあまり変わってはおらんようじゃ」
「俺、ダンジョンって初めてなんすよね~。中ってタバコ大丈夫ですかねえ?」
「やめておけ。万一ガスでも沸いていたら大爆発じゃぞ」
「うわ……。了解です」
「タバコってそんなにおいしいんですか? ドラスさん」
「美味いってもんじゃないが、ラミハちゃんはやめた方がいい。お肌に悪いからな」
「はあ。そうですか」
☆
遺跡内をしばらく歩いていると、ラミハがしんがりのドラスに尋ねた。
「ここはまだダンジョンじゃーないんですよねえ?」
「そうだね。まだしばらく歩くかな」
「遺跡ってこんなに広いと思いませんでした……」
ラミハは早速飽きてきたらしい。
今度はロインがいきなり走り出した。
「あー、きれい~」
「こら! どこいくんだ」
晶が追いかけると、広い通路のはじっこでロインが何かを見ている。
「きのこ~」
「……うわ、なんかの死骸から生えてる……」
「キャーッ!」
ロインは晶に飛びついた。
「……おま帰れ。マジ帰れ。今からこんなじゃ俺殺される」
「やだーやだやだやだ」
「さっきヒウチさんに言われたばっかじゃんか。もーダメ」
「帰りたくなーいー」
「あーもー、頼むから誰かこいつ連れて帰ってくれ」
何故か全員、視線を逸らす。
目を丸くしたヒウチを除いて。
晶のテンション、メンタルにダメージ。共に低下。
行動力にマイナス修正のステータス異常を発生。
「やだもー……俺が帰りたいわ……」
☆
遺跡に入ってから、短い階段を登ったり降りたり、広間を通過したり、長い通路を延々と、かれこれ二十分は歩いているが、一向にダンジョンらしい場所にたどり着かない。不安になって、晶が先頭のヒウチに声をかけようとしたその時。
「さあ、ここから地下迷宮に入るぞ。皆の衆」
全員に緊張が走る。
石壁にくりぬかれた入り口がぽっかり開いている。
その先は、階段が地下へと続いていた。
穴の先が真っ暗なので、まるで壁に底なしの穴が開いているように見える。
晶のステータス異常が、地下へのワクワクドキドキのおかげで若干回復した。
ヒウチはカンテラに灯りを点すと、迷いなくその闇の中へ足を踏み入れた。
階段を三十段ほど降りると、踊り場のような狭い空間に着いた。
「ようこそ。ここが、ダンジョンの地下一階じゃ」
「……ここ?」
「はい、陛下」
「ここが入り口で、他にいっぱい部屋があるとか?」
「いいえ。下り階段のみです」
「隠し扉とか?」
「ございません」
「マジで?」
「マジでございます」
「この1×1だけ?」
「はあ、左様ですが」
「いや……その……20×20……とか」
「?」
「銅の鍵とか銀の鍵とか……」
「??」
「地縛霊……いや、同じ場所に何度も出てくる幽霊とか」
「???」
「――ないのか」
ヒウチは首を傾げ、ひげを撫で付けながら訊いた。
「……あの、陛下は地下一階に何を求めておられるのですかな?」
「いえ、なんでもない。ちょっと聞いてみたかっただけだから」
晶は心なしかしょんぼりしていた。
晶のステータス異常がぶり返してしまった。
「では、降りますぞ。足下に注意してくだされ」
ヒウチは地下二階への階段を先導していく。
「まーたわけわかんないこと言ってー。次行くよ、アキラ」
「う、うん」
「金策、金策ぅ~」
ロインに腕をぐいぐい引っぱられ、晶は階段を降りていった。
☆
せっかく昨晩作った手製の方眼紙まで持参したのに、出鼻をくじかれてしまった。
晶は身勝手だと分かっていながら、階段を降りる前のテンションを返して欲しい、と心の底から思った。
「そっかー……。一階は1×1かー……。そっかー……」