「いててて……」
ゲート出口から転がり出て来た魔王・晶。
まともに顔から突っこんでしまい、地面に座り込んで鼻を押さえている。
「うひゃあ、なんなのココ。すごい。ほとんど廃墟じゃない」
痛がる恋人はそっちのけ、見たこともない景色に気を取られ、キョロキョロと周囲を見まくっているロイン。
カメラを持たせたら、日に1000枚は撮影しそうな勢いである。
「いや、これはまだ保存状態が良い方ですよ、お嬢様」
剣を抜き、周囲を警戒しつつマイセンが言った。
「なんせ一万年よりも、さらに前から原初の星にあった遺跡です。実際には出来てからどのぐらい経過しているか分かりません」
ダンジョンの入り口になっている遺跡は森に囲まれている。
遺跡正面から森の中へと続く、道路と思しき敷石は、ところどころ割れたり剥がれたりしている。
その道路の両側には、石柱が街灯のように等間隔で立てられており、半分ぐらいは倒れて破損しているが、一万年という時間を思えば、確かにマイセンの言うとおり、これは状態が良い方なんだ、と晶にも思えた。
「しかしなぜこの遺跡だけが、こんな場所に着地してしまったのか……。ここ千年ほどロクに管理もしていないらしいし、中がどんなことになっているかわからんな」
ドラスがたばこをふかしながら、倒れた石柱に腰掛けて誰に言うでもなく呟いた。
「ところでルパナちゃんよ、ゲートって通り抜けると時間がすごい経過するってことあるのかな」
晶が薬師に尋ねた。
「いや、ほとんど経ってない、あっという間に到着するはず……」
「ならここは、数時間の時差がある、かなり離れた場所ってことだな」
「なんでです? 魔王様」
「俺らさ、あっち出て来たのってまだ朝だったろ? でも、今の太陽を見るに、もう昼は過ぎている。
俺の世界とほぼ自転周期が同じというところも、近い次元なんだと感じるが……」
「またアキラがわけわかんないこと言ってる」
「ロインちゃんには、後日天文学と地理のお勉強をしてもらいます」
「やだー」
到着したら午後になっていたので、一行は急いでキャンプの準備を始めた。
ゲート前に魔導具で結界を設置し、野営用のテントを張った。
ドスッ。
「うわ、あっちから何か放り込まれたぞ」
「箱……だよね?」
なんと、弁当が木箱ごと放り込まれたのだ。
「設営終わったから連絡した。だから、送られてきた」
ピンクのすあま的物体をかじりながら、ルパナが言った。
「えれえお手軽だな。お、まだあったかいぞ」
「でも、ここまで。ダンジョンの中は、補給はない。食べ物は、持っていったものか、つかまえたものだけ」
そう言って、手にしたピンクの物体を持ち上げて見せた。
「お、それ戦時中は良く食ったわ~。俺けっこう好物ですよ」
と、ドラス。
「わたしが作った。わたしも好物」
「おお、これを薬師様がですか。それはそれは」
なぜか盛り上がる、ルパナとドラス。
それとは逆に、引いている晶。
「戦闘糧食なのってマジだったんか……」
マイセンが設営の手を止めて言った。
「ダンジョンの中は、昼も夜もありませんが、魔物は夜間の方が活発です。
念のため、一晩ここで過ごして翌朝参るとしましょう、みなさん」
☆
「コラ。何してんだ?」
「わっ! ご、ごご、ごめんなさい……」
夜中こっそりキャンプを抜け出して、遺跡に進入したラミハ。
入り口付近でうろついているところをドラスが捕まえた。
「一人で行ったら危ないだろ? しかも真夜中に。さあ、戻って朝まで寝るんだ」
「でもお……」
「何かあるのかい?」
「これ」
そう言って彼女が差し出したのは、小さなランタンのようなものだった。
「……これは?」
「借りてきた魔導具のひとつで、夜に使うと、不思議なものが見えるって……」
「だからって、建物に入ることもないだろう?」
「中の方が、もっと不思議なもの、見えるかなあって思ったから……」
ドラスは小さくため息をつくと、ラミハの肩に手を置いた。
「じゃ、ちょっとだけな。一緒に見よう」
「いいの?」
「でも、ホントにちょっとだぞ。危ないから」
「はい!」
明かりを消し、魔導具を起動させると、小さな羽音のような音をたてて青白く光り出した。ガラス越しに、雪のような燐光がにじみ出して、周囲に拡散していく。
「――――何も見えないですねえ……」
「そうだなあ」
五分ほど経過したが、実際なにもなかった。
「今日はこのへんで引き上げよう。また別の場所で見ればいいじゃない」
「……そう、ですね」
ラミハは少し残念そうに、遺跡の外へと歩き出した。