「さあ、新婦が到着しました。魔王様立ち会いで宣誓の後、指輪が交換されます……」
公会堂の隅から、小声で実況をしているラミハと中継クルー。
この作戦のキモは彼等である。
身の安全は確保されているとはいえ、ラミハは、重責に心臓が押し潰されそうだ。しかし、持ち前の肝っ玉の強さで、今はようやく持ちこたえている。
(ドラスさん、もうすぐですよ――)
☆
公会堂内の音楽が止まった。
「突入!!」
ドラスの号令で、テロリスト達が一斉に場内に雪崩れ込んできた。
大扉が開き、やや暗い場内に一筋の強い光が差し込む。
「大人しくしていれば、人間は殺さないッ!」
「頭の後ろで手を組め! 動けば殺す!」
ギラギラと刃物をひけらかし、参列者に怒声を浴びせる一味。
参列者は恐怖に引きつった顔で、悲鳴を上げている。
中には、命乞いをしたり、隣同士で抱き合って泣き出す女性もいた。
――エキストラの仕込みである。
最初に突入し、真っ直ぐ最奥部まで走ってきたドラスが高らかに宣言した。
――カメラ目線で。
「我々はッ、魔王国の横暴に鉄槌を下すべく参上したッ、トマソ一家である!!
我々にッ、煮え湯を飲ませた黒騎士ッ! まずは貴様を殺しッ、
貴様の血煙をッ、我々の革命のッ、狼煙としてくれるッ!!
お命頂戴!!!!」
見事に痛々しい犯行声明である。
――が、シナリオにない行動に、一味は困惑しはじめた。
「……え、あんなの段取りにあったっけ」
「な、なんかわからんがかっこいいぞ、ドラス」
「た、大変なことになりました! なんと結婚式会場にテロリスト集団が侵入してしまいました! 私達は殺されてしまうのでしょうか!? そしてトマソ一家とは一体何者なのでしょうか!?」
ラミハの結婚式実況が、テロ現場の中継にシフトする。
ここからが本番だ。
「ああ! なんということでしょう! テロリストが黒騎士卿に切りつけています! 一方的防戦です! 今は儀礼用の剣しかお持ちではございません! 来賓も場内での帯剣を許可されておらず、抵抗が出来ません」
ラミハの合図でカメラが数秒間扉を映し、黒騎士卿へと戻す。
「ごらんください、出入り口は封鎖され、助けを呼べるのは、いま、水晶球の前の皆様だけです! がんばれ黒騎士卿! 負けるな!」
最早、ヒーローショーの司会である。
「ドラスよぉ! おめえの敵討ち、助太刀するかい!?」
テロリストの親玉らしき男が呼びかけた。
「それにはッ、および、ません! 若旦那!!」
黒騎士卿と切り結びながら、切れ切れに応えるドラス。
さすが親衛隊でも一、ニを争う剣の使い手、茶番も迫真の演技である。
伯仲する剣技、鍔迫り合いで一歩も引く気配はない。
(そろそろいくぞ)
(御意)
呼吸を合わせ、同時に押し合い、飛び退く二人。
相手を傷つけないよう、大げさに技を繰り出す黒騎士卿。
ドラスは紙一重でかわし、返す刀で黒騎士卿の細身の剣を高く弾き飛ばした。
「むッ、しまった!」
わざとらしく台詞を吐く黒騎士卿。
「いざッ! 父の仇! 死ねえええッ!!!!」
本気で飛びかかるドラス。
武器を失いながらも腕で剣を受けんとする黒騎士卿。
背後には花嫁と立会人、逃げ場はない。
突如、黒騎士卿の前に出た一人の男が叫ぶ。
『クリスタル・ウォール!!!!』
公会堂内が一瞬まばゆい光に満たされたかと思うと、通路を囲むように床からオーロラの如き虹色の壁が現れた。
「うあッ! な、なんだこれは!」
「壁だ! 透明な壁があるぞ!」
「囲まれたのか!?」
テロリストたちは突然の事態に対応出来ず、うろたえるばかりだった。
壁を出現させた男は、腕組みをし、彼等を冷ややかに見ている。
「ご、ごらんください! テロリストたちは、光の壁に閉じ込められています!
これは一体、どうしたことでしょうか!」
ラミハが迫真の実況をしている。
彼女は魔法を目の当たりにしたのは初めてで、本気で驚き、興奮していた。
光の壁の中では、男達が混乱しはじめていた。
「わ、若旦那、どうしよう! これはもう、失敗だ!」
「そうだ、侯爵からもらった転移の呪符がある! これでみんな逃げるんだ!」
おのおのが懐から札を取り出し、天に掲げた。
――だが、なんら反応がなかった。
「とべ! とぶんだ!」
「なんで使えないんだ!?」
口々に、半ば悲鳴のように絶望の言葉を吐き出している。
「はっはっはっは! 余の前で呪符など使えるとでも思ったか? この愚民どもめ!!」
壁の魔法を放った男が笑った。
あらかじめテロリストに配布した呪符は、ただの小道具である。
何の効果もない。
「くそ、なんだお前は! 魔法使いか何かかッ! こ、この壁を解除しろ!」
「言われて解除するとでも思ったか、この下郎が! そこへ直れ!」
「こちらにおわすは、魔王陛下なるぞ! 控えよ!」
黒騎士卿による紹介。
まるで時代劇である。
「た、立会人が魔王だなんて……聞いてねえぞ!! うああああ!!」
テロリスト一行は絶望した。
武器を捨てる者や、その場に崩れ落ちる者もあった。
「なんと! この光の壁を作ったのは、魔王陛下だったのです!
おどろきました!!」
ラミハの実況が、この茶番が佳境に近づく。
バンッ!!
公会堂入り口が開き、大量の兵士が駆け込んできた。
カメラが素早くドアを捉える。
「その者どもを捕らえよ!! 我が国への反逆者である!!」
魔王は指をパチンと鳴らすと、光の壁を消し去った。
一瞬でテロリストたちは取り押さえられ、場内の賓客から万雷の拍手が鳴り響いた。
「皆々様、ご安心ください。もう大丈夫です。
さあ、仕切り直して、若い二人の門出を共に見届け、そしてお祝い下さい」
魔王は仰々しく両手を広げ、賓客に向かって礼をした。