目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第51話 おいしい所は魔王が持っていく

「さあ、新婦が到着しました。魔王様立ち会いで宣誓の後、指輪が交換されます……」


 公会堂の隅から、小声で実況をしているラミハと中継クルー。

 この作戦のキモは彼等である。

 身の安全は確保されているとはいえ、ラミハは、重責に心臓が押し潰されそうだ。しかし、持ち前の肝っ玉の強さで、今はようやく持ちこたえている。


(ドラスさん、もうすぐですよ――)


                   ☆


 公会堂内の音楽が止まった。


「突入!!」


 ドラスの号令で、テロリスト達が一斉に場内に雪崩れ込んできた。

 大扉が開き、やや暗い場内に一筋の強い光が差し込む。


「大人しくしていれば、人間は殺さないッ!」

「頭の後ろで手を組め! 動けば殺す!」


 ギラギラと刃物をひけらかし、参列者に怒声を浴びせる一味。

 参列者は恐怖に引きつった顔で、悲鳴を上げている。

 中には、命乞いをしたり、隣同士で抱き合って泣き出す女性もいた。

 ――エキストラの仕込みである。


 最初に突入し、真っ直ぐ最奥部まで走ってきたドラスが高らかに宣言した。

 ――カメラ目線で。


「我々はッ、魔王国の横暴に鉄槌を下すべく参上したッ、トマソ一家である!!

 我々にッ、煮え湯を飲ませた黒騎士ッ! まずは貴様を殺しッ、

 貴様の血煙をッ、我々の革命のッ、狼煙としてくれるッ!!

 お命頂戴!!!!」


 見事に痛々しい犯行声明である。

 ――が、シナリオにない行動に、一味は困惑しはじめた。

「……え、あんなの段取りにあったっけ」

「な、なんかわからんがかっこいいぞ、ドラス」




「た、大変なことになりました! なんと結婚式会場にテロリスト集団が侵入してしまいました! 私達は殺されてしまうのでしょうか!? そしてトマソ一家とは一体何者なのでしょうか!?」


 ラミハの結婚式実況が、テロ現場の中継にシフトする。

 ここからが本番だ。


「ああ! なんということでしょう! テロリストが黒騎士卿に切りつけています! 一方的防戦です! 今は儀礼用の剣しかお持ちではございません! 来賓も場内での帯剣を許可されておらず、抵抗が出来ません」


 ラミハの合図でカメラが数秒間扉を映し、黒騎士卿へと戻す。


「ごらんください、出入り口は封鎖され、助けを呼べるのは、いま、水晶球の前の皆様だけです! がんばれ黒騎士卿! 負けるな!」


 最早、ヒーローショーの司会である。




「ドラスよぉ! おめえの敵討ち、助太刀するかい!?」

 テロリストの親玉らしき男が呼びかけた。


「それにはッ、および、ません! 若旦那!!」

 黒騎士卿と切り結びながら、切れ切れに応えるドラス。

 さすが親衛隊でも一、ニを争う剣の使い手、茶番も迫真の演技である。

 伯仲する剣技、鍔迫り合いで一歩も引く気配はない。


(そろそろいくぞ)

(御意)


 呼吸を合わせ、同時に押し合い、飛び退く二人。

 相手を傷つけないよう、大げさに技を繰り出す黒騎士卿。

 ドラスは紙一重でかわし、返す刀で黒騎士卿の細身の剣を高く弾き飛ばした。


「むッ、しまった!」

 わざとらしく台詞を吐く黒騎士卿。


「いざッ! 父の仇! 死ねえええッ!!!!」

 本気で飛びかかるドラス。

 武器を失いながらも腕で剣を受けんとする黒騎士卿。

 背後には花嫁と立会人、逃げ場はない。


 突如、黒騎士卿の前に出た一人の男が叫ぶ。


『クリスタル・ウォール!!!!』


 公会堂内が一瞬まばゆい光に満たされたかと思うと、通路を囲むように床からオーロラの如き虹色の壁が現れた。




「うあッ! な、なんだこれは!」

「壁だ! 透明な壁があるぞ!」

「囲まれたのか!?」

 テロリストたちは突然の事態に対応出来ず、うろたえるばかりだった。

 壁を出現させた男は、腕組みをし、彼等を冷ややかに見ている。




「ご、ごらんください! テロリストたちは、光の壁に閉じ込められています!

 これは一体、どうしたことでしょうか!」

 ラミハが迫真の実況をしている。

 彼女は魔法を目の当たりにしたのは初めてで、本気で驚き、興奮していた。




 光の壁の中では、男達が混乱しはじめていた。

「わ、若旦那、どうしよう! これはもう、失敗だ!」

「そうだ、侯爵からもらった転移の呪符がある! これでみんな逃げるんだ!」


 おのおのが懐から札を取り出し、天に掲げた。


 ――だが、なんら反応がなかった。


「とべ! とぶんだ!」

「なんで使えないんだ!?」

 口々に、半ば悲鳴のように絶望の言葉を吐き出している。



「はっはっはっは! 余の前で呪符など使えるとでも思ったか? この愚民どもめ!!」

 壁の魔法を放った男が笑った。

 あらかじめテロリストに配布した呪符は、ただの小道具である。

 何の効果もない。



「くそ、なんだお前は! 魔法使いか何かかッ! こ、この壁を解除しろ!」


「言われて解除するとでも思ったか、この下郎が! そこへ直れ!」


「こちらにおわすは、魔王陛下なるぞ! 控えよ!」

 黒騎士卿による紹介。

 まるで時代劇である。


「た、立会人が魔王だなんて……聞いてねえぞ!! うああああ!!」

 テロリスト一行は絶望した。

 武器を捨てる者や、その場に崩れ落ちる者もあった。 




「なんと! この光の壁を作ったのは、魔王陛下だったのです!

 おどろきました!!」

 ラミハの実況が、この茶番が佳境に近づく。


 バンッ!!

 公会堂入り口が開き、大量の兵士が駆け込んできた。

 カメラが素早くドアを捉える。


「その者どもを捕らえよ!! 我が国への反逆者である!!」

 魔王は指をパチンと鳴らすと、光の壁を消し去った。


 一瞬でテロリストたちは取り押さえられ、場内の賓客から万雷の拍手が鳴り響いた。


「皆々様、ご安心ください。もう大丈夫です。

 さあ、仕切り直して、若い二人の門出を共に見届け、そしてお祝い下さい」


 魔王は仰々しく両手を広げ、賓客に向かって礼をした。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?