「こちらの物件を提供して下さる、リーバ侯爵様である」
柄の悪そうな男たちが、初老の男に投げやりな礼をする。
身なりの良さそうな若い男に紹介された、リーバ侯爵が口を開いた。
「うむ。諸君を歓迎する。
この物件は後に売却するもの故、なるべく綺麗に使ってくれたまえよ。
必要なものは届けさせるので、この案内役のドラスに言ってくれ」
魔王都の公会堂に近く、かつ人通りの少ない大きな一軒家の庭先に、普通であれば一緒にいるはずのない人物が集まっている。
数にしておよそ二十人ほど。
明らかに異国人と思しき一団と、その案内役、そして彼等の協力者の一人である、リーバ侯爵と呼ばれた男。
ドラスが異国人の男たちに言った。
「申し訳ないが、食事などの用意に時間がかかるので、昼食は各自城下の飲食店や露店などで取ってもらいたい。
夕食からは提供出来る。なお城下では極力目立つ行為は慎んでくれ。
武器などの物資は夜間搬入予定だ。屋敷内の割り当ては、私の部下が案内する。
申し訳ないが、これから侯爵様と打ち合わせがあるので、細かい要望などがあれば彼に。では解散」
ドラスの連れの若い男が小さく会釈をした。
異国人たちは、嬉しそうに屋敷の中に入っていった。
彼等の身分では、一生足を踏み入れることの出来ないような高級邸宅である。
来るはずのない異国で、ブルジョア気分が満喫出来る。
野盗のような連中のテンションが上がらないはずもなかった。
彼等が屋敷に入ると、若いメイドが出迎えた。
「はーい、みなさーん! ようこそいらっしゃいませ~!!
私は、皆様のお仕事完了まで身の回りのお世話をさせて頂きます、メイドのラミハと申します!
よろしくおねがいしまーす★」
「「「「「おおおおおおおおお――ッ!」」」」」
「この奥の食堂で、お茶と軽食のご用意をしております~。お荷物はこのあたりに置いて、どうぞいらしてください★」
「お姉ちゃんよう、ラミハちゃん、とか言ったっけか? ぐふふ……夜もお世話してくれるんだよなあ?」
非常に分かりやすいエロおっさんがラミハにすり寄って来た。
「大変申し訳ございませんが、私は下のお世話は言いつかっておりません。
お手数ですが、城下にございます娼館をご利用ください。
なお、そちらの割引券をドラスさんから預かっていますので、ご希望の方は食堂でお渡ししますね~★」
「「「「「はーい♥」」」」」
☆ ☆ ☆
「……おっさんチョロいな」
勝手口の裏手で、エプロンのポケットいっぱいのコインを数えながら、ラミハが呟いた。
「ずいぶんとたくさんおひねりを頂いたみたいだね、ラミハちゃん」
タバコに火を点けながら、ドラスが言った。
「テロリストっていうと何か響きがかっこいいですけど、ぶっちゃけ野盗ですよね」
「うん、ぶっちゃけ野盗。あいつらだけじゃ、黒騎士卿の婚礼を襲撃して派手に立ち回り、新郎新婦や、列席している魔族を皆殺しにする、なんて計画を実行出来るわけないもんね。……バカだから」
「よりによって、自分たちが世界中から追われる大悪党になっちゃうなんて~思ってないですよね~。……バカだから」
「まったく、モギナス卿もお人が悪い。
これじゃあ、抑止力どころか、連中の財産没収と、管轄国の政府にも責任が及んで……。ふう、考えただけで恐ろしい」
「モギナス様、ちょーノリノリでー。すんごい楽しそうでした」
ドラスは一瞬、眉根を寄せ、素に戻ると、白い煙をゆっくり吐き出した。
「それ、本性だから」
「え?」
「いや、何でもない。人間のキミには」
「私、これでも、魔王様のお妃の侍女ですよ? 魔族のことも覚えないとなんで、ちゃんと教えてくださいよ~」
ちょっと困った顔をしたが、しょうがないなあ、と話し始めた。
「嗜虐性、とでも言うかな。ナチュラルにそういうものを心の奥底に持っているんだ。魔族、とくに彼の種族は狡猾で残忍な性質を隠し持っている」
「種族……残忍……」
「モギナス卿も、表面的には親切で情に厚い。
べつに繕っているわけじゃなく、それは本当なんだ。
でも、裏に隠した本性ってのがあってな。人間でも、裏と表ってあるでしょう? それが魔族はもっと極端なんだ」
「それは、ドラスさんも」
ラミハの目に怯えが見えた。
「そうだ。俺は別方向だけどね。インテリじゃないし。
でも、そういうのあんまり好きじゃないから、気をつけてはいる。怖がらなくても、君を襲ったりしないよ。
そもそも、ロイン様の侍女を殺したりしたら、魔王陛下にどんな目に遭わされるかわからない。――でしょ?」
「多分、ですけど」
「人間と見た目は同じだけど、ちょっと違う生物なんだ。だから、100%心を許してはだめだよ」
「なんでそんなことを?」
「君は真っ直ぐな子だから、心配なんだ」
そう言って、ドラスははにかんだ。