「ルーテすごい似合ってるよ~」
「ロインってば、どれ着てもそればっかじゃん」
城の一室で、衣装の試着中のルーテとロイン。
もちろん新たに仕立てるのだが、まずはデザインを選ばないことには話が進まない。さらに、作戦実行までの時間もあまりない。そこで城下の衣装屋から、ありったけのドレスをかき集めて、絶賛物色中なのである。
「とにかく、あんま時間ないから今日中に決めてよ」
「わ、わかった……」
ガサゴソとレースやチュールに埋もれながらハデに試着をしていると、新郎がやってきた。
「か、可憐だ……」
黒騎士卿、思いっきり頬を赤らめている。
「ハーさんも礼服、準備してる?」
「え? ああ……そうか。俺の…………」
「どうかした?」
黒騎士卿は少し困った顔で言った。
「身の回りの物は、ほとんどないのだ。隠居していた屋敷も今頃は荒らされて何も残ってはおるまい」
「すぐ手配させます。ラミハ!」
「はい、お嬢様」
「ハーさんに礼服を用意して」
「かしこまりました」
「何から何まで……。申し訳ない」
「ルーテの晴れの舞台なんだから、ハーさんにもキチンとしてもらわないと。ね?」
「うむ……」
「それより、ルーテ見てやってよ」
「どう……かな」
恋人の前でくるりと回って見せる、ルーテ。
「ああ。よく似合っている」
「見てないじゃない」
顔を赤くした黒騎士卿は、目が左右に泳いでいて傍目には完全に不審者だ。
「だって……そんな姿のお前をまともに見てしまうと……」
とうとう彼は両手で顔を覆ってしまった。
「ねー。どんだけハーさんて純情なのよ。まさか童貞じゃ……」
「…………そうよ」
「ひどいわね。どんだけ童貞こじらせてたのよ」
「さすがに初夜は逃がさないつもりだから」
「そうよ! その意気よ!」
ふと彼を見ると、涙目になっている。
「……ハーさん、どうしたの?」
「なんなんだ、お前たちは。お、お、乙女がどどどど、どういう」
魔王軍最強と謳われた元将軍が、完全に動揺している。
「「どっちが乙女よ!」」
「ひ、ひいい……(泣)」
「じゃ、私ちょっと用事があるから、あとはお二人でごゆっくり」
「ありがとう~」
「ありがとう」
ロインが部屋から出て行くと、急に静かになった。
きっと気を利かせて二人きりにしてくれたのだろう、とルーテは思った。
「……なんか、夢みたい」
ブーケを胸に抱き、うっとりしている。
「ああ……。お前には、本当に済まないと思っている」
ルーテが、衣装の山にブーケを投げつけた。
「どうしていつまでも自分のせいみたく言うの?! ハーティのせいじゃないでしょう? 貴方がいてもいなくても、私は売られたのよ。何度言わせる気?!」
ルーテが、ハーティノスを強くなじる。
だが、彼は唇を噛んだまま微動だにしない。
「何とか言いなさいよ!!」
「――――済まない」
レースのロンググラブを嵌めた手で、彼女は恋人の頬を叩いた。
「いっつもいっつも、済まない済まないって、それ一生言い続ける気?」
「……いや。
だが、他に何と言えば許してもらえるのか、俺には分からないのだ」
「いい加減にしてよ!
貴方は何一つ咎められることなんかしてない。
私を救った英雄なのよ?
勇者なのよ?
どうしてそれを認められないの?」
気丈なルーテの瞳が、潤んでいた。
「俺は……俺が、嫌だった。皆に讃えられるような英雄じゃない。
大戦が終わって、職を辞し、逃げるようにこの街から出たのだ。いや、逃げたんだ。何もかも嫌になって、逃げたんだ」
「ハーティ……」
「隠遁先で俺は、お前を見つけた。
俺にはまぶしすぎて、見ているだけで幸せだった。
だが……、どうしても自分のものにしたくなってしまった」
「それが貴方の罪だなんて言わせない」
「分かってるよ……。だが、お前の救世主なんかじゃない。俺は、お前に逃げ込んでいた、心の弱い男なんだよ……」
ルーテは大きなため息をついた。
「――わかった。もうここで終わりにしよう」
「はは……。さすがに愛想を尽かしたか。剣を握る以外に取り柄もない男だ。それも仕方なかろう……」
「そこまで腐られるとさすがに堪えるわ。でも、そんなの許さない」
「……え?」
「逃げることは、絶対に許さない。ここまで引きずり回して、みんなを巻き込んで、逃げられると本気で思ってんの?」
「ルーテ……お前……」
「もし私の前から逃げ出したら、地の果てまでも追いかけて、草の根分けても探し出す。私を何だと思ってるの?
そう言い放ったルーテは、ハーティノスの鼻先に指を突きつけた。
「……ああ、そうだった。だが、一体なにを終わりにするつもりなんだ?」
「貴方の逃避行は、今、ここで終わるの。私が、終着点よ」
「ルーテ…………お前…………」
「貴方が何が嫌いでも関係ない。私は貴方が必要で、私には至高の存在なの。貴方の素性を何も知らなくても、私たちは愛し合えた。それ以外に何が必要なの?」
「だからお前は――まぶしいんだよ」
「かっこいいこと言ってごまかそうったてムダよ」
「そんなつもりじゃ……」
「貴方が自分を嫌いなのは気のせい。思い込み。だから忘れなさい。
だいたい、いつも自分のこと考えてるとか、どんだけヒマなのよ。
私のことを考えなさい。
いつもいつもいつもいつでも、私のことを考えて、考えて考えて、自分のことを考えるヒマなんて無くしてしまいなさい」
「ルーテ……」
「前だけ見て、ハーティ」
「お前がいる」
「私を見て、そして未来を見て。それだけで生きていける」
黒騎士卿はうなづき、ルーテを抱き締めた。