「リバ、仕込みの方はいかがです?」
モギナスの執務室で、親衛隊長のリバとその部下数名が話をしている。
何かの打ち合わせのようだ。
「は。閣下のご指示どおり、現地にスパイを十名ほど送り込んでおります。報告によりますと、半数程度が時間差で敵部隊に潜り込み、残りは情報拡散や、武器の手配などを行っております。同時多発的にデマを流布しておりますので、敵首領が食いつくのもほぼ時間の問題かと。こちらが報告書です」
「なるほどなるほど、順調なようですね。では今ごろはもう、釣られた先方は笑いが止まらない頃ざんしょねえ……。クックック」
筋肉こそ正義、な武官であるリバにとって、水面下で進んでいく情報戦は生理的に不快感を覚えるものだった。しかし、目的のために手段を選り好んでいては、かえって被害が大きくなるのもまた真理。国家の英雄のためならば、最良の手段を選択するのが道理、と自らに言い聞かせる。
モギナスは、ふむ、としばし思案すると、
「よろしい。もう少々燃料を投下しておきますか。黒騎士卿に恨みを持つ貴族を数人でっち上げて、資金提供を申し出るのです。上手く食いつけばよし、食いつかなかったとしても、自分より先に黒騎士卿の首を取られては困る、と焦らせることも出来ましょう。いずれにしても損はありません」
「御意。早速準備をさせます」
「頼みましたよ」
☆
「ふう……。あの方の知略に付き合うのは疲れる」
部下とともに執務室を出たリバ。
服の襟首をぐい、と広げて愚痴をこぼした。
副官のミノスがねぎらう。
「後は私が。隊長はどうぞお休み下さい。まだ日も高いですし、今日はご両親にでもお会いになったらいかがですか。随分とお店の方、繁盛していると聞いております」
「済まん。どうも細かい仕事は苦手でな……。親父たちの方には、旨い物でも手土産に、顔を出してくるよ。――いつも気を遣ってもらって済まんな」
「いえ。それも副官の勤めです。それでは」
ミノスはリバに敬礼し、他の隊員と共に立ち去った。
リバは彼等を見送ると、くるりと向きを変えて歩き出した。
「さてと……。串焼き肉でも買って帰るかな」
☆ ☆ ☆
「……とは言ったものの、半分ぐらい食っちまったなあ」
城下の馴染みの屋台で串焼き肉を買ったリバ、実家まで待ちきれず、近くの路肩に腰掛けて食べ始めてしまった。
「こーいうのはさ、やっぱ焼きたてが旨いんだよ。焼きたてが……んま」
「私にも一本、分けてもらえぬか? 代わりに酒をやろう」
酒瓶を差し出し、身をかがめて話しかけてきた黒い人影。それを見上げて、リバは驚きのあまり肉が喉につかえそうになった。
「く、黒騎士卿……。も、もちろんです」
隣に腰掛けた黒騎士卿に、串焼き肉を差し出すリバ。
「そう固くならずともよい。今の俺はただの民間人だ」
「そうではありますが……」
酒瓶の栓を開けると、リバに勧めた。
「此度は俺たちのために、随分と骨を折ってもらっていると聞いている。済まん」
「いえ。閣下のために働けるなら、このリバ、本望であります」
「俺もこんなおおごとになるとは思っていなかったのだ。
惚れた女のためとはいえ、皆や魔王陛下にまで迷惑を掛けてしまった……。
穴があったら入りたい」
「なに、気にされることはありません。御身の幸福を皆が願っておるのですから」
「俺はただ……好いた女と静かに暮らしたかっただけなのに。
どうしてこんなことになってしまったのだろうなあ……」
「あともう少しです、閣下。奥方のためにも、今しばしのご辛抱を」
「済まない……」
黒騎士は市場の喧噪の中、冷たい石畳の上から、長細く切り取られた空を見上げた。