リバ隊長の両親と打ち合わせをしてから約一ヶ月。
隠密行動のため作業は難航したが、仕立て屋夫婦と従業員、ならびに親衛隊隊員たちの尽力により、ようやくロインのための洋服屋の準備が整った。
☆
お茶の間で待機中の晶に開店準備完了の報せが届く。
いよいよである。
「ロインちゃんよ」
「なあに」
「これから城下にデートしに行かないか?」
「急にどうしたのよ」
「まあ、いいからいいから」
「なによキモい」
一瞬ムカついたが、晶は顔に出さず飲み込んだ。
「キミと行きたい場所があるんだ~」
「ふうん。なんか怪しいけど……。わかった」
ロインはそそくさと外出の準備をすると、晶と馬に2ケツして、とっとこ店へと繰り出した。
☆
「さー着いたぞ~」
二人が店に到着すると、リバとその両親、私服のマイセンが出迎えた。
「おまたせ~」
「えっと……これって……お店?」
「そうだよ。お前のために俺等みんなで作った店だ」
ブティックは、西洋風やや懐古趣味だがこの世界では新しい外観で、店頭には日本式の新装開店花輪まで用意されている。
往来では、新規開店を知らせるビラをラミハが道行く人に配っていた。
ロインは馬を降りると、恐る恐る店内に入っていった。
「ここ……服屋さん、だよね?」
「そう。オシャレな言い方をすると、ブティックだ」
「ぶてっく……」
店内の内装はもとより、試着室やフックの回るハンガー、マネキン、ハンガーラックに陳列棚などの什器類までこと細かく指示を出し、制作されている。
日本なら電話一本ですぐ届くものばかりだが、こちらでは何から何まで作らなければならず、この一店舗だけでも携わった職人の数は両手でも足りない。
「どう? 気に入ってくれたかい?」
ロインにとって、店内にあるもの全てが見たことのないものばかりで、ただただ圧倒されていた。
しばらく呆然としていたが、慣れてきたのか、ロインは店内を歩き回り、マネキンや陳列してある服をじろじろ眺めはじめた。
「えっと…………これ、着てもいい?」
彼女が手に取ったのは、薄手の生地を幾重にも重ねて作られた、フェミニンなワンピースだった。
もちろん、全ての服はロインが着られるように仕立ててある。――若干のサイズ展開をしてはいるが。
「いいよ。あそこのカーテンの掛かっている小部屋で着替えておいで」
「うん!」
ロインは嬉々として試着室に入っていった。
数着の試着後――
ロインは服の山を抱えて晶におねだりを始めた。
「ねえねえ、これ買って~」
「ロインちゃん、それ売り物でしょ? キミはこのお店のオーナーなんだよ。商品をごっそり買ってどーすんのよ」
「えー…………。オーナーって服買っちゃいけないの……?」
「お客さんが先。自分用は後でじゃないと売り物がなくなっちゃうじゃないか」
ロインは口を尖らせてムっとした。
「つまんなーい。服、欲しいもん……」
「えっと……。ロインちゃんは、服屋さんがやりたかったんとちがうの?」
「……なんか、思ってたのと違う……」
「まさかそれって……。
女児がお菓子喰らうのが好きだから、ケーキ屋さんになりてえ、とか言うのと同じレベルの話だったり……ってオチか?」
「もういい。買ってくれないんなら帰る」
ヘソを曲げたロインは、さっさと店を出て馬に乗って城に帰ってしまった。
端でずっと見ていたマイセンが、お手上げポーズをしていた。
「……ちょ。俺の足、どうしてくれるん……」
「陛下はまだまだ、お嬢様の扱いがヘタですねえ」
「分かってたんなら途中で止めろよ」
「私、陛下がどこまでおやりになるのか、興味がございましたので。ふふふ」
「チッ。あんときの不気味な笑いはそれか……」
☆ ☆ ☆
一ヶ月後のお茶の間。
「なあモギナス、あの店今どうなってる?」
「大変繁盛しておりますよ、陛下」
「へえ……。そんなたくさん売れるようなものでもなさそうだが」
「市中では、あのフックの回るハンガーが大人気商品でございます。生産が追いつかないとのこと」
「あれねえ」
「それと、夜になると殿方が大勢お買い物に見えるそうで」
「なんで? 女装でもすんのかよ」
「いえいえ……」
モギナスはニヤリと笑った。
「陛下がデザインされた、あの奇抜な衣装。夜の用向きにとても売れているとのことで、国庫も潤い、まったくもって有り難いことです」
「ア、アダルトグッズかよ!!!!」
晶はたいそうヘコんだ。
☆
フテ寝をしようと自室に戻った晶。
ドアを開けると、ロインが着替えをしていた。
「きゃっ!!」
「ああ、すまん……っていうかハダカ見られて恥ずかしがる関係でもないだろ」
「うう~~」
「あれ? ……そのカッコは」
ロインは晶の前から逃げ出し、クローゼットに駆け込んでいった。
「そっかあ……。くふふ」
彼女が着ていたのは、男性にバカ売れの、みささちゃんコスプレ衣装だったのだ。
「眼福だろ。くふふ……」
――やった甲斐、あったかな。