親衛隊長・リバ氏に話を聞くと、彼の実家は、幾人かの縫い子を抱えた仕立て屋だそうだ。身内であれば秘密を守ることも容易だろう、ということで、一行はカフェを出て、街はずれにある彼の実家に向かった。
「なんか急に押しかけて、迷惑じゃないかなあ」
「いえ、陛下のお役に立つのは国民の務め、問題ありません」
「いやだから、今の俺は一般ピープルだって」
「ああ、申し訳ございません。そうでした」
「よろしく頼むよ、リバさん」
「ところで……アキラさん」
「なんでしょ」
先頭を歩いていた親衛隊長は急に立ち止まり、振り向いた。
「貴方様はどなたですか?」
「まあ、親衛隊の隊長、ぐらいの人ならバレるよな。
――俺は先代魔王ビルカのひ孫、アキラだ。こないだ奴から魔王職を正式に引き継いだ」
「なるほど……。しかし、その容姿は一体」
「俺は純血の魔族ではないから、奴と体を入れ替えられちまったんだ。一方的に」
リバは視線をマイセンに投げた。
宰相モギナスの姪であり、身の回りの世話をしている彼女の真意を確かめたかったのだろう。
「誠でございますよ。ビルカ様ご本人がそう仰っていました」
リバは無言でうなづいた。
「……というややこしい事情なので、皆に報告してないんだよ。
済まないな。あとで詳しい説明するから」
「なんと……。魔王様のお孫様でございましたか。正式に王位を継がれたということであれば、私もなんら異存はございません。さあ、先を急ぎましょう」
☆
ぞろぞろと小一時間ほど歩くと、リバの実家に到着した。
自宅の横に仕立て屋の店舗があり、道路に面した部分はショウルーム兼接客スペース、裏手は工房になっている。
先にリバが事情説明のために家に入ると、しばらくして、彼とその両親と思しき夫婦が店先に出て来た。
魔王一行を見るや、深々とお辞儀を始めたのをリバが必死に静止していた。
ショウルームに通され、お茶を飲んでいる間中、両親の息子自慢を延々と聞かされるハメになったが、なんとか協力を取り付けることが出来た。
「それで、どのような服をご所望でしょうか、陛下」
「それが……」
晶は鞄の中から、ファッション画のスケッチを数枚取り出し、リバの父に渡した。
カメラがあれば楽なのだが、記録する手段がないので、仕方なく手書きである。
「婦人ものですな」
「さらにもう数点、デザインを増やしたいんだ。ここで描かせてもらっても構わぬか?」
「お心のままに」
晶は作業テーブルを借りると、持参した色鉛筆でデザイン画を数点書き起こした。
「これはまた面妖な、いや、個性的な衣装でございますな……」
「二着ほどはサンプルもあるから、後で届けさせよう」
「生地の方はいかがなさいますか? あいにくこの店には婦人向きのものが少のうございます」
「これから生地屋に仕入れに行くつもりだ。同行して頂いてよろしいか」
「もちろんでございます、陛下」
「それと、付属品を見せてもらえまいか。市井のボタンや金具などに疎いのでな」
「かしこまりました。今お持ち致しましょう」
晶とリバ父とのスムーズなやりとりを見て、唖然とする同行者たち。
「陛下は、以前もこのようなお仕事を?」
マイセンが訊いた。
「まあ、仕立て屋の手伝いみたいなことはしたが、それで稼いでいたわけじゃないんだよ。趣味の一環、かな」
「なんと。陛下の見識の広さ、このマイセン、感服致しました」
本当に感服したのかしてないのかわからないような顔で、マイセンが言った。
「いつも気になってるんだけどさ……。マイセンってどこまで本気なの?」
彼女は目を細め、口の端をぐっと吊り上げて笑った。
「いつも本気ですよ?」
晶はゾクリとした。