ある昼下がりのお茶の間。
すっかり城下で名物となった、例の細長い揚げ菓子をお茶請けに、魔王・晶とその婚約者・ロインが、以前晶が自作した白黒ゲームで遊んでいた。
「ロインてさ、家に戻りたくねえから騎士団入ったんだよな」
「そうよ。ラミハに勧められたのもあったけど、なんか派手で面白そうだったし」
「騎士団にはそれほど思い入れなさそうだな」
「まあ、あっという間の引退だったしね。それに、今思えば、やっぱ向いてないと」
「じゃあ、もし騎士団に行かなかったら、何やりたかった?」
「服屋さん」
「仕立て屋、とかじゃなくて完成品売ってる店?」
「そう。私の国じゃあ、庶民は生地屋で布を買って自分で作るか古着屋で買うかのどっちかだし、貴族は出入りの仕立て屋が作るか、親兄弟親戚からのお下がりとかなのよね」
「んー……、あっちじゃファッションはまだ庶民のものではないのか」
「でもさ、魔族の国には服屋さんがあるじゃない。前々からいいなって思ってたんだ」
「ふ~ん……」
「自分の着る服を、いろんなデザインから選べるってすごいことなのよ。でも、魔族の風習だからって私の国では店もないし、出来上がったものを着るなんてみっともない、って裕福な人は言うしで……」
「難儀な話だなあ」
「アキラの国では服屋さんってどんなの?」
「規模と種類が膨大になっただけで、それほど大きな違いはないよ。みんなお店で買ってる。仕立て屋に頼むのは、上流階級とかコスプレイヤー。自作するのは、洋裁が趣味の人とコスプレイヤーかな」
「こ、コスプレイヤーって……ナニ?」
「マンガとかのキャラクターが好きで、同じ服を着て楽しんでる人たちだよ。趣味の一種だ」
「へえ……。も、もしかして私、こすぷれっての、もうしてるんじゃ……」
「あ、覚えてた? モギナスが作ったヘンな服、というか、みささのコスチュームなんだが、あれこそがコスプレ衣装だ」
「そーなんだ。じゃあ私は、この世界で初めてこすぷれってのをしたことになるね!」
「そーだな。……ぐふ。ぐふふふ……」
「アキラ、キモい」
「だって……。ぐふふふ……ふふ……」
「だからそれやめなよって」
「だってさ。みささに瓜二つの女の子がだよ? そのコスプレするとか、どんだけ俺得だったかお前に分かるか? 分からねえだろうよ」
「ううう…………。アキラが変態じゃなかったら私ここにいないわけだし……まあ……許すけど」
「はうう~、ロインちゃん愛してる~」
「ぎゃー変態に襲われるー!」
ぐしゃ。
ロインの右ストレートが晶の顔面に炸裂。1ダメージ。
「ぐ……。ゆる……してない……じゃん」
「ただでさえおっさんはいやらしいんだから、変態汁垂れ流して抱きついてきたらふつー殴るでしょ」
「しどいよ……」
☆ ☆ ☆
「ちょ、ちょちょ、こっちこっち」
城内のリネン室の前で張り込んでいた晶が、中から出て来たマイセンに声をかけた。
「どうしたんですか、陛下。こんなところで……」
「いま一人? ラミハは?」
「控え室におりますが……」
「ロインにナイショで、ちょっと二人に頼みたいことがあるんだけど……」
「承知しました。ではこちらへ――」
☆
「……というわけで、お前のご主人のために、一肌脱いでくれねえかな」
「お嬢様のためなら、このラミハ、どんな外道な事でも致します」
「どうしてそっち行くのかなあ……。大したことじゃない。お二人さん、俺と一緒に城下の服屋視察をして欲しいんだよ」
「これが叔父上の思いつきなら即却下しているところですが、陛下のプランならお供致します」
「随分と信用されてるな、俺」
「いえ、簡単な話です。
陛下はあまりこの世界のことをご存じない、という自覚を強くお持ちですので、自分の裁量外のことをなさろうとする際、必ず周囲の者にご相談をされております。この度私たちに声をお掛けになったのも、おそらく同じこと。ならば、重大事件になる可能性はかなり低い、と判断したまででございます」
「そりゃどうも。じゃあ、二人とも、私服に着替えて。目立ちたくない。俺もなるべく地味な服が欲しいんだが、クローゼットになくって……。用意してもらえるか」
――さて。市場調査を始めるぞ!