朝食後。
とうとうその時が来てしまった。
晶はおなかが痛くなってきた。
「前々から気になってたんだよね~~~~。その、元魔王の置いてったやつ」
部屋の隅に置いてある、場違いな物体を指差してロインが言った。
「私も気になります~、お嬢様~」
ラミハもワクワクが止まらない。
地球ですら、数多の女子のハートを掴んで離さない、あの、夢の国の残滓。
絶対に行きたいと言い出すに決まっている。
……やはり隠しておくべきだったのか。
しかし、モギナスの手前、勝手に動かすわけにもいかず、このザマである。
「いいか? モギナス」
「そうですねえ。ビルカ様がお前らにやる、と言っておられた物ですし、私の一存で置きっぱなしにしておくのもアレですから……。
――まあ、私も興味がないわけでもありませんしね」
「んじゃやるか。みんな、テーブルの上のもんどけろ」
ティーカップやらお菓子やら果物のボウルやら、おのおのが読んでいた本などが片付けられると、晶は夢の国の手提げ袋をテーブルの上でひっくり返した。
ドササー、と出てくる出てくる、細々とした夢の国グッズたち。
他には、ナンパしたJKと撮影したと思しきプリクラや、夢の国ガイドブック、どこぞの駅前でもらったポケットティッシュや漫喫のチラシ、マンガ雑誌数冊、ガムの包み紙、コンビニのレシート、牛丼屋の割引券、使用済み爪楊枝、漫喫で失敬したとおぼしき大量のスティックシュガー、ネトゲのチラシ、そしてコンドーム。
「わーこのピラピラしたキラキラしたのなに~」
さっそくロインがコンドームに食いついてしまった。
「それは、俺の世界の避妊具だ」
ロインは顔を真っ赤にして手を引っ込めた。
「ビルカ様ったら、相変わらず子孫を残すのがお嫌いのようですね」
「ちげーよモギナス。避妊はエチケットだよ。遊びでセックスする相手をいちいち妊娠させてたら、たいがいの男は破産すっからな」
「OH……」
「使ってみるか? モギナス」
「考えておきます」
アキラはゴミとその他を選り分け、グッズを種類別に並べた。
目をギンギンに光らせてお土産を見ている女子連中とは、別のよこしまさで見ている男が一人。
「陛下、これらは全て大量生産品……と考えてよろしいので?」
「そういうことになるな」
「お値段の方はどのくらいで……」
「だいたいこのガイドブックに載っているようだが、銅貨1枚が10円換算ぐらいだな」
値段の読み方を教える魔王。
「な……こ、このような工芸品がこここ、こんな安価で……」
「そりゃ人の手で作ってるわけじゃねえから。機械でいっぺんにたくさん作るから安いんだよ」
「それでは職人があまりに……。生活出来ません」
「――ああ。だから俺の世界には、職人はほとんどいねえよ」
「な……。なんと、無慈悲な」
「人間の仕事は、機械の面倒を見たり、材料を機械に入れたり、機械の作ったものを検品したり箱詰めしたり……。ああそれも今ではかなり機械化されてっけどな。あとは、機械に命令を出したり、機械に作らせるものをデザインしたり、材料を買い付けたり、と他の仕事をするようになったんだ」
「まるで機械を中心に物事が回っているようですね」
「それが機械文明、科学文明の世界だ。でも、どこでもそう、ってわけじゃなく、文明の遅れている国ではまだ職人が仕事をしている分野もあるよ」
「そう、ですか……」
「どうしたんだ? 考えこんで」
「この王家に伝わる戒律、とでも言いましょうか。……進みすぎた文明は人を殺す。いたずらに技術を進ませることなかれ。そして、技術を人に与えることなかれ」
「そのとおりだ。俺のいた世界では、遠い過去に文明が滅んでいる」
「……それは、いつ頃のことでしょうか」
「多分、一万年ぐらい前だ」
急に、テーブルに立てかけられた薬師の杖から、にょろりと古竜神が首を出した。
「その頃じゃよ。儂がこの一族の連中や国民を連れて、お前のいた世界からこっちに移住したのは」
「「「「「「え――ッ!?」」」」」」